第21話 婚約者の条件 10
「さて、どれから行きますか?」
忍様が聞いてきた。もちろんどのプールから行くかってことですよ。
「婚前旅行」うんぬんにドキドキ中ですが、長くあこがれていた飛び込み台を目前にしたらそれはちょっと置いておいてと切り替えてしまった。
「もちろん、あれです。」と指差したのは飛び込みコーナー。見れば順々に人が飛び込んで行っている。
もちろん危機管理のために施設の人が「GOサイン」を出してから飛び込むんだけどね。
競技用のとは違って高さも3m程度だけど、それでもやっぱり飛び込んで行く人をみると結構な高さに見えたわ。
お盆休みの影響もあってかプールには人が溢れかえっていたから、忍様と私は自然と手をつないでいた。そして飛び込み台の順番を並んでいる間もずっと手をつないでいた。
時々飛び込み台にたどり着いたとたん怖くなってしまう人がいたけど、それ以外は順調に流れていたし、そもそもものすごい長蛇の列というわけではなかったから、手をつないで黙ったままでいたらあっという間に忍様の番になった。
忍様が飛び込み台に上がった。そしてためらうこともなく頭から飛び込んでいった。この前泳ぎに行った時のような綺麗なフォームで見とれてしまった。そばで並んでいた人たちも感嘆の声を上げていた。
水面から顔を出した忍様を見た見知らぬ女性達が「かっこいいー」って色めき立っていた。
忍様がプールサイドまで泳ぎ切ったところで「次の人」ってプールのスタッフの人に声をかけられた。
「足から立った格好で飛び込んでもいいですよ」と助言された。
確かに飛び込み台は少ししなって足元が揺れる感じが恐怖心を生んだ。だって飛び込み台は高さ3m、水深も3mって表示があった。合わせて6m。いや飛び込んでプールの底まで行くことはないだろうけど、6mっていったら四捨五入して10mじゃない!って四捨五入する必要もないんだけど、にわかにパニックなってきた。
でも、ずっとやってみたいことだったし、せっかく忍様が連れてきてくれたのだから、プールサイドをチラッと見たら忍様がニッコリと笑いかけてくれた。それで、忍様のフォームを参考にしてタイムが良くなったことを思い出した。
よーし。
さっきの素敵なお手本をイメージして、忍様のように、私は忍様と同じフォームで飛び込んだ。
湧きあがった噴水がの水がまた水面に戻っていく。
そんな景色を思い出していた――――――――――
「ぷはっ!」
水面から顔を出すと忍様が私の出てくるところを狙っていたみたいですぐに目が合った。
「やりますね」
私は得意満面でにやりと笑ってしまった。
せっかく来たのだからとウォータースライダーとか他のプールにも行った。水の遊園地って感じなので、競泳のような泳ぎをした気はしないけど、水を存分に楽しんだという満足感はあった。
最終的にはあの飛び込み台から5回飛び込んだ。
4回目5回目となると忍様が「まだやるんですか」と可笑しそうにしているので、ちょっと恥ずかしくなったけど、「地元では出来ないから」と心行くまで飛び込んだ。
「また来年もここに来ましょうか?」
ホテルへ移動中の車の中で忍様が聞いてきた。
!
でも来年は忍様は研修医(試験に合格していれば)でお休みなんて取れるのかな?返事に困っていたら。
「夏休みくらいはあるでしょうから」
「来年じゃなくてもいいです。でもまた行きたいです。」
そう言った後で気がついた。忍様はプールについて言いいたいわけではなく、私達の将来のことを言いたかったのだ。
私達には未来がある。