第2話 お見合いはティータイムに 2
目の前にある紅茶すら冷めつつある。萩乃様のゴーサインがでれば紅茶もケーキも頂けるんだけど、それもない。でも萩乃様もさすがに亜紀枝様が遅れるのはおかしいと思い始めたとき、
「ごきげんよう」
紅茶の向こうから品格の塊のような、聞いてしまったら背筋を伸ばしたくなる声がした。
「亜紀枝様!お時間になってもお見えにならないから何かあったのかと思っておりましたのよ」
立ち上がって亜紀枝様を迎えた、萩乃様が遠まわし過ぎるくらい遠まわしに「遅刻です」と言っている。
亜紀枝様は片手を眉間に添えながら私達の向かい側に座った。
「ほんとうに萩乃さん達は失礼を働いてしまって、申し訳ないわ。忍さんが一旦家に戻ることになっていたのですが、研究室で何かがあったとかで結局戻られなかったのよ。その連絡がくるまで家で待っていたから、ごめんなさいね。」
亜紀枝様が「ごめんなさい」って言うときは両手をきちんと膝で揃えて私と萩乃様の目を見てからおっしゃってくれた。その姿は「淑女の鏡」って感じだった。
良く見ると亜紀枝様は本当に素敵な方だった。大正生まれとは思えない若々しさ(なんかこれって言い方へんよね)というかなんというか。うちの萩乃様も元気だけど、こっちはバイタリティー溢れるって感じで外見からそれなりの年齢であることは分かる。
萩乃様と二人のやりとりを見ていると亜紀枝様の方が萩乃様より年上であることは推察できるけど、実際何歳?って話しになったら、亜紀枝様は若くみられそうな感じ。
「そうでしたか、事故かなにかだったらと思って心配していたんですよ。あっ、亜紀枝様、こちらが曾孫の桃乃です。」
肝心のお見合い相手である「忍さん」がいないけど、萩乃様は亜紀枝様に私を紹介した。私は少しゆっくりめに立ち上がって
「はじめまして、津和蕗桃乃です。」と挨拶をした。
「はじめまして周防院亜紀枝です。素敵なお嬢さんね。お会いできて嬉しいわ」亜紀枝様はそれはそれは麗しい笑みを私に向けて親しげに語りかけた。
「立花の進学クラスなんですって、萩乃さんの曾孫なら縁故もつかえたでしょうに、優秀なのね。」
「優秀なのね」の一言に萩乃様は鼻の穴が膨らむくらい誇らしげな笑みを浮かべた。
亜紀枝様が注文した紅茶とケーキが運ばれて、やっと目の前のケーキにありつけることになった。
季節限定の桃のシフォン。名前に桃があるだけに桃のスイーツは欠かせないわ。でも私が生まれたのは3月で桃の花の時期の頃。早生まれなので同級生はどんどん17歳になっていくけど、私は修了式まじかまで16歳で過ごす。
かといって童顔ってわけじゃない。小学生くらいまでは大人顔だったからよく中学生に間違われたけど、今では年相応の顔だ。
待ちに待った桃のシフォンなだけにやや大きめにフォークに取って口に入れた時、背後から声がした。
「遅くなりました。」
自分に余裕があればきちんと呑み込んでからゆっくりと振り返ったんだろうけど、気配もなくいきなり声がしたから口に桃のシフォンを頬張ったまま、反射的に振り返ってしまった。
「こんにちは、桃乃ちゃん。」
多分私が食べながら振り返ったのがおかしかったのだろう、口にクリームでもついていたのか、その人は笑いながら私に声をかけて来た。
銀色のフレームの眼鏡をかけているけど、それが全く嫌みではなく「知性的」な感じ。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて亜紀枝様と萩乃様に遅刻のお詫びをしている。
多分あの眼鏡を外してもすっごいかっこいいんじゃないかな。説明のしようのない「大人の男の色気」とでもいうような雰囲気を醸し出している。
家に戻らずに研究室から来たという割にはきちんとした格好だ。上下揃ったスーじゃないけど、仕立てはいいもだと思う。ノーネクタイのシャツに、ジャケットとズボンという格好だけどきちんと手入れがされていて、シャツもしっかりアイロンしてある感じだった。革靴の輝きも完璧。
はっきり言って姿かたち、立ち居振る舞いに全く隙がない。
お見合い相手の「周防院忍様」は24歳現在医学部の6年生、つまり現役で合格してるってこと。3月には国家試験を控えているそうです。ご両親は5年前に事故で亡くなっていて、生前ご両親と住んでいたご実家には今、亜紀枝様がお一人で住まわれている。忍様は大学に近いところのタワーマンションの1室を購入し(買ったらしいよ。キャッシュで。)一人暮らしをしているそうです。
そもそも「周防院家」というのは「SUOH製薬」という製薬会社を創設した家柄で、現在亜紀枝様はその製薬会社の大株主らしい。ただ「SUOU製薬」は同族企業ではなく、忍様も「SUOH」に縁故入社する気はないというお話だった。
なんていうか、肩書きにも隙がないわ。
お見合いそれ自体に全く興味がなかったから、私は写真も釣書きも見てなかった。それを知っていてなのか、他に話題がないからなのか、忍様の経歴の話しが続く。
医者として前途有望な医大生が高校生と結婚を前提としたお付き合いを選ぶわけはないから、今日お見合いがお開きになれば向こうからお断りの連絡が来ることは確信できた。
なんていうかもっと「女性に縁のない」って感じの人だったら、こっちが「結婚はまだ早すぎて考えられない」とかなんとか言って断らなくてはならなかったから、萩乃様が私のその意見を聞いてくれなかったらどうしようとかそれだけが不安なお見合いだった。
この分なら今日は素敵なティールームで美味しい桃のシフォンケーキを食べたったことで終われそうだ。
夢中でケーキを食べていた私の意識を3人の元へ戻したのは萩乃様の歓喜の声だった。