第16話 婚約者の条件 5
今日はとにかく泳ぎぬいた。最近の泳げないストレスも解消された。
25mのプールでコースによっては往復出来る場所もあったけど、一度上がってプールサイドから戻っていくときに忍様のフォームを盗んでは次に泳ぐときに実践するというやり方で泳いでいた。
プールサイドにあった大きな時計で時間を計ったら結構速くなっていたからかなり実りある日だったわ。
それでもさすがに「もういい」って思うくらい泳いだので、後はスポーツジム内のリラクゼーションルームを利用したりして過ごした。
それから出掛けるときに約束した通り、晩ご飯を食べにお店に入った。
忍様は既にどこにするか決めていたようで、カジュアルな雰囲気のイタリアンレストランに連れて行ってくれた。
前菜にパスタやピザを適当に頼んで、でもどれもすっごく美味しかった。ピザなんてお店にある石窯で焼いてくれたんだから。
「こういうお店良く来るんですか?」
今、忍様に聞きたいことがいっぱいある。
「昼間大学で友人に最近行ったお店で一番美味しかったところを教えてくれって言ったらここだったんです。」
それって女の人ですよね?って聞こうと思ったけど、嫌味に取られるとマズイかなと思いこれは止めた。でもそうなんだろうなぁ。だってお客さんOLさんとか大学生かなっていう女性が多いんだもん。
「水泳の選手とか目指してたんですか?」
「高校まで水泳部でした。両親が海の事故で亡くなったからそれからは泳ぎに行ってなくて」
「すみません。」
忍様のご両親が既に亡くなっているってのは聞いていたけど、この質問もまずかったか。
「もう大丈夫ですから、それに今日久々泳いで楽しかったし、他に質問はありますか?」
忍様はにっこりとおっしゃってくれたから少し気が楽になった。それに私が色々疑問に思っていることも察してくれているようで、ならばと思い。
「どうして私と結婚してもいいって思っているんですか?」
聞いちゃった大本命の疑問。
忍様がじっと私を見ている。忍様に見つめられるのって結構恥ずかしいんですよね。なんかドキドキするというか・・・分かっててやってるのかなぁ。
俯いちゃいそうだったけど、これはしっかり答えを聞きたいから半ば睨み返すように忍様から視線を外さないようにした。
「一目惚れです。
亜紀枝様のところでたくさん写真を見せられたんですけど、あっ、お見合い写真ね。桃乃ちゃんが一番可愛かったので、一度お会いしたいなぁと思ってあの席を設けてもらいました。
会ってみたらこれまた可愛らしいお人柄だったので話しを進めてもらうことにしました。」
嘘だ!!
忍様は何か肝心なところを隠している。直観だけどそう思った。でも「嘘ですよね」って言ってもきっと忍様は本心を明かしてはくれないだろうから、笑ってごまかした。
照れ笑いに取ってくれれば好都合だけど、どうだろう・・・
その後は「大学でどんな勉強してるんですか?休日は何をしているのですか?」とか差し障りのない質問ばかりだった。
それでも忍様はあの質問以外はきちんと答えてくれた。
デザートに桃のソルベを頼んだけど、どんな味だったのか分からなくなっていた。
食事を終えて駐車場に行った。お店の中は冷房が効いていて体が冷えていたので、蒸し暑い感じが少し気持ち良かった。
助手席を開けようとした忍様の動きが止まった。どうしたんだろうと思って忍様を見ていたらこっちを向いた。
忍様は黙ったまま私を見ている。
何か言いたそうな感じもしたので、「なんですか?」って聞こうとしたら、そのまま抱きしめられた。
体を離そうしたら更に強く抱きしめられて
「何もしないから、このままで」って言われた。
忍様の心臓がドキドキ言っているのが分かった。多分私もドキドキしていると思う。
忍様は抱きしめたまま全然動かなくて、私の体は徐々に熱くなってきて、それが忍様に分かっちゃうんじゃないかって思ったらまたドキドキしてきた。
どれくらいの時間抱きしめられていたんだろう。
しばらくじっとしていたら忍様が体を離してきた。忍様の方を見るとその顔はなんだか消えちゃいそうな笑顔だった。
「これっておいたですか?」
ドキドキを隠すようにわざとムッとした顔で言ってみた。
「口止め料でしょ」
さっきまでの消えちゃいそうな笑顔じゃなくて、いつもの麗しい笑顔でおっしゃった。
誤字訂正しました。