勇者の試練 第八話
アイスカフェオレを二つ作って持ってきたのだけど、愛華ちゃんの横の席には俺の知らない男が座っていた。
男は俺と愛華ちゃんに銃を突きつけながらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。その表情に似たものは何度か見たことがあるのだが、この男の場合は過去に見たものと比べても不快であった。
「悪いんだけど、君たちにはここで死んでもらうことになってるからね。悪いなんて思ってはいないけど、一応そういう風に行っておいた方がいいかなって思ってるだけだからさ。それにしても、君みたいな女の子がこんな物騒なモノをもってるなんて信じられないよね。この武器って確実に対象を捉えることが出来るって事なのかな?」
「そんなわけないでしょ。適当に狙ったって当たらないわよ」
「じゃあ、君の腕がいいって事なんだね。俺たちのボスに君たちの事を足止めしておけとは言われてるんだけどさ、足止めするのって大変だよね。ほら、今みたいにすれば簡単に足止めは出来るんだけどさ、こうしてる俺も疲れちゃうってわけ。そんなわけで、君もそんなところに立ってないで好きな椅子に座っちゃいなよ。警戒しているみたいだけど、この女の子みたいに体を拘束されるような椅子ばっかりって事でもないからさ。俺が今座っている椅子の他にもう一つ普通の椅子があるから安心していいからね」
「ダメです。私の事は良いから今すぐココから逃げてください。私の銃は簡単に扱えるようなモノじゃないんで真琴さんには当たらないと思います。私が殺されたとしても、イザーさんが私の事を迎えに行ってくれると思うから大丈夫ですよ」
「そんな事を言っても無駄じゃないかな。このお兄さんは君を見捨てて逃げるような人には見えないんだけどね。君だってそれはわかってるはずだよね。わかっているという事は、君はこのお兄さんが逃げないようにあえて逃げろって言ったって事なんじゃないかな。そんな可愛い顔してるのに、考えてることはとんでもないんだね」
「そうじゃない。そうじゃないんです。真琴さんはココで死んじゃダメなんです。真琴さんが死ぬところは見たくないんです。だから、私の事は気にせずに逃げてください。今なら来た道を戻れば帰れるはずですから」
俺が役に立てるのはコーヒーを入れることくらいだろうと自分でもわかっていた。それがわかっているからこそ、精一杯心を込めて美味しいアイスカフェオレを作ってきたんだ。
それなのに、飲んでもらう事もせずに逃げることなんて出来るはずがない。一口くらいは飲んでもらって感想を聞いておきたいのだ。
仕掛けのない椅子があるというのは嘘かもしれないし、本当だったとしても沢山ある椅子の中から一つだけを探すことなんて出来るだろうか。俺は全然運も良くないし直感だって鋭くない。
そんな俺がこの状況で正解を導き出せるかなんて、答えは決まっている。
絶対に俺はハズレを引いてしまうのだ。
「俺はいつも愛華ちゃんには助けられてばかりだ。この中に入った時だって最初から今までもずっと助けられっぱなしだった。俺が何か愛華ちゃんのためにしてあげられることがないかとずっと思ってたんだけど、やっと何かできることが見つかったんだよ。ココに用意されている道具を使って美味しいアイスカフェオレを作ってあげるって事がね。だから、俺はこのアイスカフェオレを愛華ちゃんに飲んでもらうまではここを離れるつもりなんてない。俺は戦闘に関しても何も力になんて慣れないし、今だってあんたと戦ってもまず間違いなく負けてしまうだろう。それでも、俺はココであんたを倒して愛華ちゃんを安心させるんだ」
「そんなに熱くならなくても俺は逃げないよ。あんたが望むなら俺も本気で戦ってやるからな。言っておくけど、俺はどんな相手だって手加減はしないぜ。手加減なんてせずに全力であんたを潰させてもらおう事になるかもな。でも、死なないようにあんたの体のどこかに攻撃を集中してやるからな」
「そんなこと言ってないで早く逃げてよ。真琴さんを死なせちゃったら、私はうまなさんたちになんて言えばいいのかわからないよ。お願いだから、逃げてください」
「そんな風に言われてもさ、俺も男だから逃げることなんて出来ないよ。どんな事をしたって俺は愛華ちゃんを助けるから」
とは言ってみたものの、今の俺に出来ることなんて何があるのだろうかと冷静に考えている俺がいた。
今の俺に出来ることなんて、あの男を刺激しないように指示に従うことくらいしかないのだが、そんな事でどうやってこの窮地を乗り越えることが出来るというのだろうか。今まではこんなピンチになることも無かったし、仮になったとしても愛華ちゃんやイザーちゃんが先手を打ってくれていたじゃないか。
よし、このまま様子をうかがうふりして時間を稼いでイザーちゃんが助けに来てくれるのを信じて待つことにしよう。
残念だけど、俺と愛華ちゃんが助かるために出来ることで一番可能性が高いのがイザーちゃんを待つことなのだ。
というよりも、それ以外にこのピンチを打開する方法なんて何もないと思う。
考えても仕方が無いので俺は落ち着くためにも空いている椅子に座ることにした。
いつまでもアイスカフェオレを持っているのも疲れるし、いったん座って考えをまとめることにしよう。
座った瞬間に思い出したのだが、この休憩室にある椅子は一つを除いて体を動けないように拘束するのだった。
忘れっぽい性格がここで仇になるとは思わなかった。
自分の行動に後悔をしても仕方ないので、俺は少しでも抵抗をして時間を稼ごうと思ったのだった。




