勇者の試練 第二話
翌日の昼過ぎになっても誰も帰ってくることはなかった。
ここまで遅いと別の心配も出てくるのではないかと思うのだが、イザーちゃんは全く心配している様子も無いのでそこまで気にする事でもないのかもしれない。
ポンピーノ姫に誘われて食後の散歩をしている時に周りを見て思ったのだが、この国の建物は歴史を感じさせるわりにはどこを見ても損傷している部分も修復している部分もないようだ。
魔物との戦いが市街地で行われていないという話なのだろうが、魔王があれだけの魔族を率いていたことを考えると市街戦が行われていないというのは凄い奇跡なのではないだろうか。
「この町って歴史があるみたいだけど、どれも綺麗に残ってるんだね。魔王軍との戦闘とかもなかったって事なのかな?」
「魔王軍は基本的に魔王城に引きこもってるのでこっちに攻めてくることはほとんどないですね。時々ですけど野良の魔物が町を襲おうとすることもあるんですけど、そういう時って騎士団と魔王軍の挟撃で倒したりしてますね」
「へえ、そんなことしてるんだ。って、魔王軍と一緒に魔物を倒してるの?」
「そうですけど、それがどうかしたんですか?」
野良の魔物という言葉も聞きなれないのだが、騎士団と魔王軍の挟撃なんて言葉はもっと聞いたことがない。人類と魔族が共闘することなんて色々と大丈夫なのだろうか。
「いろんな世界があるって事だよお兄さん。人間と魔物が戦っている世界も有れば、魔物と神様が力を合わせて人間を亡ぼそうとしている世界もあったりするくらいだからね。いろんな世界を認めることでお兄さんも人間的に成長することが出来るんだと思うよ。まあ、割合的には魔王と人間が戦ってるってのが一番多くてほぼ全部を占めてるんだけど、ココみたいに特殊な世界も極稀に存在してるって事だよ。私たちがそれに出会うの何て、砂漠に落とした白ごまを一粒探し当てるくらいの確率だと思うけどね」
「それって、凄い低い確率だと思うんだけど」
騎士団と魔王軍の挟撃という事は、俺が魔王を倒してしまった事でそのバランスが崩れてしまうという事ではないだろうか。
このタイミングで野良の魔物が襲ってきたら騎士団だけで対応することになってしまうんだろうし、そうなると騎士団側にいつも以上の被害が出てしまうという事になるのではないだろうか。
もしかしたら、俺はとんでもないことをしでかしたという事ではないのか。
「あ、真琴さんが心配していることは大丈夫ですよ。魔王が死んだ時点で野良の魔物も全部掃討したみたいですから。魔王がいないと魔物が生まれないですし、魔物が生まれないという事は野良の魔物も増えないって事ですからね。なので、そんなに青い顔しなくても大丈夫ですよ」
「だって、良かったねお兄さん。でも、もしも野良の魔物が襲ってきたら私が戦うから大丈夫だよ。魔王じゃければ私でも殺すことが出来るからね」
「そんなに物騒なコトを言わないでほしいな。もう少し平和的に解決出来たらいいんだけどね」
魔王を倒したものがいないというのは、魔王にとどめを刺せる者が現れなかったというだけではなく、現れたとしても現状を見ると魔王を倒す理由が無かったという事ではないか。
俺もポンピーノ姫の話を聞くと魔王を倒したことに意味があったのか疑問に感じてきたのだ。
「そんなに思いつめた顔しなくてもいいと思うよ。お兄さんが魔王を倒したのは紛れもない事実なんだからね。それに、この国では魔王を倒したのがお兄さんだけで他の国だといっぱいいるのかもしれないでしょ。だって、勇者を認定する団体が四つもあるくらいなんだよ。それだけ勇者がたくさんいるって事なんじゃないかな」
イザーちゃんはいつも俺の気持ちを組んでくれる優しい子だ。うまなちゃんがいるとそっちに優しさが向いてしまう事もあるけど、それはそれで仕方ないと思って割り切るしかない。
二人の間に割って入ってきた俺にも優しくしてもらえてるという気持ちで謙虚にしていた方がいいかもしれないな。
「真琴さんみたいに他の世界からやってきた勇者を自称する人たちって時々見かけるみたいですよ。皆さんみたいに特別な力を持っていたり伝説級の武具を持っていたりと凄い強い方ばっかりなんですよね。イザーさんたちと戦ってもそれなりに勝負になる感じの強い人ばかりみたいですよ」
「それって、私以外にも異世界転生させている人がいるって事だよね。極ありふれた魔王と戦う世界ではなく、人間と魔王が共闘するこんなレアな世界に送り込むなんて考えは凄いな。私だったら無数に存在する魔王が純粋な悪の世界に送り込んじゃうと思うけどな」
異世界転生のお決まりでとんでもないスキルだったり武器を貰えるってのはあるんだろうけど、イザーちゃんに連れてきてもらった俺はそういった特別なものは何も手に入れていない。
瑠璃たちの強さを考えれば俺に特別な力なんていらないと思うのが普通だと思うが、俺も男として生まれたからにはそういった特別な何かを手に入れたいと思ってしまう。
まあ、特別な力を手に入れたとしても、俺の心が全く普通の人間なのでみんなみたいに何のためらいもなく敵に恐ろしい攻撃を加えることなんて出来ないとは思う。
そうなると、俺に必要なのはそういった特別な力ではないという事なんだな。




