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第三話 元アルバイト現契約職員

 恐る恐る扉を開けると、そこには小学生にしか見えないシスターが立っていた。

 今にも泣きだしそうな感じのシスターは俺の顔を確認するとそのまま俺の手を掴んできたのだが、小学生にしか見えないその姿からは予想も出来ないくらい強い力で痛みを感じてしまうくらいだった。


「大変なんです。屋上から女の子が飛び降りようとしているんです」


 シスターの言葉を聞いた俺はさっきまで見ていたモニターを確認してみることにした。屋上に誰かがいるのであればセンサーが反応して異常を知らせてくれると思うのだけどそんな反応は一切なかったはずだ。となると、このシスターは泥棒か幽霊や妖怪の類なのかもしれない。そう考えていた俺の目に映っていたのは屋上の柵を乗り越えようとしている女の子の姿だった。


「屋上に異常はなかったのにいつの間にあんなとこに人がいるんだよ」

「早く行かなきゃ飛び降りちゃうかもしれないです。急いで行きましょう」


「ちょっと待って、俺はまだ新人だから先輩を呼びに行かないと」なんて言っている途中でシスターは俺の手を掴む力をさらに強めてから鋭い目で睨んできた。

「新人とかそんなこと言ってる場合ですか。先輩を呼びに行っている間に飛び降りたらどうするんですか?」


 俺はシスターの迫力に負けて屋上に行くことにしたのだ。先輩を呼びに行くにしても仮眠室の場所も知らないし屋上に行く最短ルートも知らないのだ。マップを確認するためにモニター室にある案内図を見ようと思っていた俺を急かすかのようにシスターは俺の手を掴んだまま走り出してしまった。


 俺も手首を掴まれたまま一緒に走ってはいたのだけれど、ずっと引きこもっていたニートの俺がそんなに長い時間走っていられるはずもなく階段を上っている途中で完全にスタミナが切れて肩で息をしている状態になってしまった。


「警備員なのにそんなに体力無くて大丈夫ですか?」


 シスターは俺を軽蔑するのではなく心配しているように見えた。哀れな子羊を見守るというのがこういう事なのかと思っていたところ、シスターは俺の手首をつかんでいた手を離してそのまま俺の背中に回して反対の手を膝裏に回して抱き上げてきた。お姫様抱っこと呼ばれる状態になっているのだが、どう考えてもする方とされる方が逆だと思う。


 そのまま俺を抱えた状態で階段を警戒に駆け上がるのは良いのだけど、微妙に落ちそうになってしまっていた俺は思わずシスターの首に手を回して落とされないようにしがみついていた。こんな状態を妹の瑠璃に見られたらなんて言われてしまうんだろうな。そんな事を考えているうちにあっという間に屋上へ出る扉にたどり着いた。


「そろそろ体力も回復しましたよね?」


「うん、ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいいですよ。私の方こそ勝手なことをして申し訳ございませんでした」


 シスターはちょっと照れ臭そうにしながら俺の後ろに回ったまま背中を押してきた。俺は屋上へ出る扉をゆっくりと開けたのだ。


 ひんやりとした空気が俺の体を撫でるように通り過ぎていったのとは別に俺は体に冷たいものを感じていた。

 生まれて初めて見た人が死ぬかもしれないという光景が俺の目に飛び込んできたのだ。


 柵のすぐ向こう側にいる少女は扉を開けた俺に向かって微笑んでいるように見えた。

 そして、そのまま柵から手を離して身を投げ出そうとしている。


 俺はその少女に向かって一生懸命体を動かして今までの人生でも体験したことがないと思うくらい前傾姿勢になって駆けだしていた。転びそうになっても何とか手をついて体勢を立て直して前へ前へと進んでいった。


「飛び降りるなんてダメだ。簡単に死のうと考えるのは良くないことだよ。若いんだからなんだってやり直せると思う」


 そんな事を言いたかったのに全力で走ったせいで上手く喋ることが出来なかった。それでも、俺は少女の手を掴んで飛び降りようとすることだけは阻止することが出来た。


「死ぬのは良くないって事ですか?」

「うん、良くない。と思う」


 いまだに呼吸が乱れている俺は出来るだけ短い言葉で気持ちを伝えると言葉足らずになってしまったが、今の俺にはあまり長く話すことも出来なさそうなので仕方ない。とりあえず、今はこの掴んでいる手を離さずに呼吸を落ち着けることだけを考えよう。


「わかりました。お兄さんがそう言うんだったら止めますね」

「え?」


 自殺しようとしている人をどうやって引き止めればいいのだろうと考えていた俺はあまりにもあっけなく解決したこの事態に戸惑っていた。こんなに簡単に説得出来るなんて思いもしなかったが、少女は俺が手を離すと忍者かと思ってしまうような軽い身のこなしで柵を乗り越えて俺の前に降り立った。


「ありがとうございます。お兄さんは私の命の恩人ですね」

「私も感動しました。一人の少女の命を救うなんてお兄さんは凄い人ですね」


 こんなに簡単に自殺を思いとどまるモノなのだろうか。俺がいじめられていた時に死のうかと悩んだ時もあったけど、家族の姿を見ていたらそんな気持ちがどこかへ行ってしまったのを思い出した。だが、この少女にとって俺は全くあかの他人であるわけだしそんな俺の言葉一つで思いとどまるようなことなのだろうか。


「命を助けていただいたお礼をしないといけませんよね。かといって、私がお兄さんに差し上げることが出来るようなものもありませんし」


「それだったら、このお兄さんに新しいお仕事を上げるってのはどうかな。まだこの仕事を始めたばっかりだって言ってたし、それが良いと思うよ」

「そうなんですか。それでしたら私のお父様に相談してお兄さんに何か相応しい仕事がないか聞いてみますね」


 俺の知らないところで勝手に物事が進んでいく。この仕事もどうしても続けたいと思う仕事でもないので辞めても構わないのだけど、そんな簡単に辞めちゃってもいいのかな?


「大丈夫ですよ。お兄さんのご両親にはちゃんと私から伝えておきますから。何も心配いらないですからね」


 シスターは俺の手を強く握っていた。俺はその力に逆らうことが出来ず、何も理解していないのに「わかった」と答えてしまった。


「お兄さんならきっとお父様も気に入ると思うんです。最初は大変かもしれないですけど、これからよろしくお願いしますね。私の名前は栗宮院うまなって言います。これからよろしくお願いしますね」


「私もお兄さんと一緒に働けたら嬉しいな。うまなちゃんのところで一人で働くのって寂しいなって思ってたんだよね。私の事はイザーちゃんって呼んでくれていいからね。お兄さんの事、期待しているよ」


 こんな俺でも誰かの役に立てるというのは嬉しく感じてしまうものだな。

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