悪魔狩り 第十五話
瑠璃先生とうまなちゃんが作ったたこ焼きは世界で一番おいしいたこ焼きだ。
そんな噂が学校中に広がったのは誰もが予想しなかったことである。
この事態を重く見た理事長の栗宮院午彪はカフェの隣に屋台ゾーンをオープンさせたのであった。
三つあるたこ焼き屋台は瑠璃式とうまなちゃん式のたこ焼きの他に定番のたこ焼きも選べるというサービス勘満載の構成となっている。
たこ焼き屋台の他には愛華ちゃんが振舞っていた焼きそばの他にフランクフルトやかき氷と言った定番屋台も常設されているのだ。
変わり種として午彪さんと奈緒美さんが海外出張で見つけた世界各地の珍しい食べ物も並んでいたりするのだ。
瑠璃もうまなちゃんも屋台に立つことはほとんどなく、そのレシピと作り方を丸々コピーしたロボットが二人の代わりに作り続けているのであった。
ちなみに、そのロボットの大まかな設計は奈緒美さんと愛華ちゃんの二人が行ったという事を知るのは俺だけのようだった。
屋台村が出来てからカフェへやって来る生徒は激減したのだが、その分一人一人に割ける時間が増えたこともあって一人当たりの満足度は以前よりも格段に高くなったと思う。
繰り返し相談にやって来る人が減ったのもそれを裏付けるモノだろう。
そんな中、屋台には目もくれず俺に相談をしに来るのが野城圭重であった。
イザーちゃんの代わりに愛華ちゃんや珠希ちゃんと話を聞くこともあったのだが、イザーちゃん以外の人は野城圭重の話を理解することが出来ずにいたのだ。
悪魔に襲われる夢を毎晩見る。なんて言われたところで解決策を提示することなんて普通の人間には無理な話だろう。
生産量を見誤って作り過ぎてしまったたこ焼きを三人で食べながらいつもと変わらない野城圭重の話を聞き流していたのだが、この日に限ってイザーちゃんが彼の話に食いついていた。
「それって、今までは誰かわからない女だったのに栗鳥院柘榴になっている日が増えてきたって事だよね?」
「そういう事になるのかもしれない。俺の夢に出てくるのは顔もわからないような奴ばっかりなんだが、時々あのお嬢さんが俺の夢に出てくるんだよ。俺としては夢の中だとしてもあのお嬢さんの顔なんて見たくないんだが、なぜかあのお嬢さんは俺の事をじっと見つめてくるんだよ。どうしてそんな夢を見るのかわからないんだ」
「君が栗鳥院柘榴の夢を見る理由なんて私は全く見当もつかないね。もしかしたら、君は悪魔の正体が栗鳥院柘榴だと思っている。なんてことはないのかな?」
イザーちゃんの言葉を何度も反芻している様子はその意味を深く理解しようとしているようだった。
俺はそんな野城圭重の姿を眺めながらも、この二人にしか通じない世界があるのかもしれないなと思っていたのだ。
だが、野城圭重はイザーちゃんの言葉の意味をイマイチ理解出来ていないのか、納得できないというような空気を滲み出しながらグラスに残っていた水を一息で飲み干していた。その姿には、こいつの言っていることは理解出来ないがそうとしか思えないので仕方なく受け入れようという態度がうっすらと見えていたのだ。
「あのお嬢さんは確かに悪魔的だと思うことはある。だが、悪魔なのかと言われるとそうじゃないと思うんだ。あのお嬢さんは君たちの所のうまなちゃんと同じように完全な善人だと俺は思っている。俺らにとってマイナスなことだったとしても、あのお嬢さんにとっては善行なんだって信じ切って行動しているように見えるんだ。もちろん、それが正しいことなのかはわからないが、あのお嬢さんの行動は全て自分が正しいと思ってやっている事なんじゃないかと俺は思っているんだ」
「それはみんなそうなんじゃないかな。誰だって自分が正しいと思って行動するもんじゃないかな」
俺は間違ったことをしたいなんて思ってないし、相手から見れば間違っている事だったとしても俺から見れば正しいことなんて沢山あるだろう。自分から見ても間違っていることなんてしたいなんて思うはずがないだろう。
だが、俺を見ているイザーちゃんと野城圭重の目は俺の考えを否定しているよう見も見えていた。
「それはどうだろう。私もうまなちゃんも柘榴も自分が正しいと思っていることをやり通すとは思うよ。でも、お兄さんや他の人達はそんな事をやり続けることなんて出来ないと思うな。これはお兄さんたちを馬鹿にしているわけではなくて、世の中には自分が間違っていると思っている事でもやらないといけないって瞬間がたくさんあるんだよ。お兄さんはそんな経験がないからわからないかもしれないけど、普通の人は自分が正しいと思っている事だけをやり続けることなんて不可能なんだよ。どんなにメンタルが強かったとしても、自分の意志を貫くことなんて無理に決まってるんだ」
「俺だって正しいと信じている事しかやりたくはないが、どうしても自分の信念を曲げなくてはいけない時もやって来るのだよ。俺があの時自分の意志を曲げたことで休学が一年で済んだとも思ってるし。もしも、あの時に自分の事を最後まで信じていたとしたら、俺はもうこの世界にはいなかったんじゃないかな。そんな気がしているんだよ」
野城圭重が最後に言った言葉にそんなに深い意味はないと思うのだが、イザーちゃんが他の世界に干渉することが出来るという事を知っている俺にはとても重い言葉に聞こえていた。
俺はもうこの世界にはいなかったんじゃないかな。
その言葉が現実のものにならないことを祈るだけだ。




