悪魔狩り 第八話
高校生の少年が本に書いてあった儀式を行って悪魔を呼び出すことなど出来るのだろうか。
普通に考えればそんな事は不可能だと思うのだが、前回の誘拐事件の解決方法を思えばそれくらい簡単に出来るのではないか。いや、あの二人だからこそ出来ただけかもしれない。
野城圭重がカバンから取り出した本はどこにでもありそうな古書であった。
少しだけかび臭い感じがしていたが、パラパラを中を見る限りでは特別変わったところはなかった。
英語ではない言葉で書かれているので内容自体は何一つ理解出来ないのだけれど、時々描かれている図解によって何を説明しているのかは辛うじて理解出来ていた。
「圭重先輩はこの本を読んで実践したって事ですか?」
「AIの力を使って日本語に翻訳できたからね。それが無ければ諦めていたと思うよ」
「今の技術って凄いね。お兄ちゃんは何て書いてあるか読めたりするの?」
「全然読めないね。何語なのかもわからないよ」
「普通はそうなんだよね」
俺から本を受け取ったうまなちゃんは見ている途中で手を止めると、何かを見つけたのか食い入るように本を見ていた。
横からチラッと見ただけではあるが、そのページには挿絵も図解も何もなく文字だけで何が書いてあるのかは当然わからない。そんなページを食い入るように見つめているうまなちゃんには何が見えているのだろうか。
「圭重先輩ってこの本を全部翻訳したんだよね?」
「そうだが。そのまとめたデータもあるぞ。今から見せようか」
「それは大丈夫。この本に書いてあることを実践したって事は、圭重先輩って誰かを殺したって事なのかな?」
突拍子もないことを言い出したうまなちゃんに驚いた俺は思わずうまなちゃんの方を向いてしまった。
俺と同じように驚いている野城圭重もうまなちゃんの事を見ているのだが、その表情はうまなちゃんの言っていることが理解出来ていないように見える。俺もうまなちゃんが言ったことをちゃんと理解は出来ていないのだけれど、人を殺したのかという質問がどんな比喩表現なのか思い当たるモノはなかった。
「誰かを殺すというのはどういう意味なのかな?」
「どういう意味って、そのまんまの意味だけど。圭重先輩はこの本に書いてあることを実践したって言ってたけど、実践したっていう事は誰かを殺したって事じゃないの?」
「待ってくれ、翻訳した内容にはそんな物騒なことは何一つ書いていなかったぞ。そのページの内容はこうだ」
野城圭重はうまなちゃんが見ているページが翻訳されているデータを持っていたタブレット端末に表示させていた。俺もその画面を見ているのだが、そこには“生贄として供物を捧げよ”と書かれている。
その翻訳が正しいのか間違っているのか俺には判断できないのだが、なぜかうまなちゃんはその翻訳が間違っていると言い出した。
「意訳するとそういう風に表現できるかもしれないけど、それだとこの儀式の説明にはならないと思うんだよ。“生贄として供物を捧げよ”ってマイルドな表現になってるけど、前後の文脈から読み取ると“人間の生き血で盃を満たせ”って書いていると思うんだよね。ほら、圭重先輩が翻訳したところにも“器”とか“新鮮な血液”って単語が出てるじゃない」
「確かにそのような言葉はあるが、生き血で盃を満たせというのは飛躍しすぎなんじゃないか。そもそも、なぜお嬢さんはこの言語を理解出来ているのだ?」
「なぜって言われても。そう読み取れるからとしか言えないんだけど。何語なのかもわからないし」
自信満々に説明していたうまなちゃんが野城圭重の質問に対して歯切れの悪い答えを返したのは意外だった。
なぜこの文章を理解出来ているのか本人もわかっていないようだが、その意味は間違いなく正しく理解しているという自信だけは揺るぎないようだ。
この本に書いてある言葉を正確に翻訳することが出来る人がいれば話は別だが、誰も理解なんて出来ていないのだ。
「何語かもわかっていないお嬢さんがそこまで自信を持って言えるというのも不思議な話だが、お嬢さんが言っていることが真実だとすると、俺が行った儀式は間違っているという事になるんだよな」
「そうだと思う。圭重先輩がどこでどんな風に儀式を行ったのかわからないけど、人間の生き血で満たしてない時点で何も起きてないと思うんだけどな」
「お嬢さんがそこまで自信を持っていってるって事はそれが正しいのかもしれないな。AIの翻訳を完全に信じていた俺が間違ってたってだけの話だな」
「完全に間違っているってわけではないんだけどね。この本を書いた人の真意をくみ取ることが出来ていなかったってだけの話だと思うよ。そこ以外はたぶん間違ってないと思うし。肝心なところが間違ってたってだけの話だよ」
「肝心なところが間違ってただけって、それは何か儀式に影響あったりするのかな?」
「たぶんだけど、この手の儀式って手順やタイミングを間違えただけでも何も起こらないと思うよ。何かを呼び出すのなんてそれくらい難しいことだと思うし。やり方を間違えても呼びさせるんだとしたら、圭重先輩が今までやっていた分だけナニかが出てきてるって事になるもんね。毎晩のようにやっちゃってたんじゃないかな」
野城圭重の目が泳いでいるのが俺にでもわかるくらいに彼は動揺していたようだ。
うまなちゃんがなぜそんな事を知っているのかも分からないが、何より気になるのはこの本の内容をうまなちゃんが理解してしまっているという事だろう。
そんな事が気にならなくなるくらいに野城圭重が動揺していたのだった。
「ねえ、この本は私が借りてもいいかな。ちょっと調べたいこともあるんで借りたいんだけど、良いかな?」
「え、ああ、そうだな。俺が持っているよりもお嬢さんが持っていた方がいいかもしれないな」
「それと、その翻訳したデータも貰っていいかな。どんな風に翻訳してあるのか気になるんだ」
相談室から出た俺たちは野城圭重から翻訳したデータをコピーしてもらったのだ。
何事も無かったかのように三人でテーブルに座って残っていたお菓子を食べていた時にカウンターに視線を移動させると、栗鳥院柘榴と目が合ってしまった。
俺は何となく気まずさを感じて視線をそらしてしまったのだが、栗鳥院柘榴は変わらずに俺の事をじっと見ていた。
いや、栗鳥院柘榴だけではなくイザーちゃんも俺の事をじっと見ていたのだ。
他の人達は誰も俺の事なんて見てないのに、二人だけが俺の事を見ていたのだった。




