悪魔狩り 第四話
いつもと違う服装だったからなのか栗鳥院柘榴に気付かない人ばかりだった。
少し違うだけで印象ががらりと変わってしまうのはよくあることなのだが、あそこまで他の人に避けられていた彼女がいつもと違う服装になっているという事だけで誰も気にしなくなるというのは衝撃的だった。
空になったグラスを回収に来たのを合図に俺たちは相談室へと向かっていったのだ。
相談室に入る時はみんなに注目されるのが常なのだが、なぜか他の客は自分たちの会話に夢中で誰も俺たちに興味を持っていないようだった。
「じゃあ、こちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます」
なかなか座ろうとしない栗鳥院柘榴の事が不思議に感じていたのだが、イザーちゃんが俺に椅子を引いて座らせてという事を耳打ちしてきたので言われた通りにすると、栗鳥院柘榴は薄く微笑んでから席についてくれた。
俺とイザーちゃんは栗鳥院柘榴の正面に座ったのだが、いつのであれば相談者の正面に座るイザーちゃんが奥の席へと座ってしまったので俺が栗鳥院柘榴の正面に座ることになった。
みんなが彼女を避ける理由はわからないが、俺は特に何も感じていなかったのでそのまま空いている彼女の目の前の席に座ることにしたのだ。
「単刀直入に聞くけど、君は何を悩んでいるのかな?」
「そうですね。率直に申し上げますと、私は以前のようにうまなさんと一緒に過ごしたいなと思っているのです」
以前のようにうまなちゃんと一緒に過ごしたいという事で悩んでいるとは思わなかった。もっと何か深刻なことで悩んでいるものだと思っていたので、彼女の口から出てきた答えに俺は驚いていたと思う。
隣を見てもイザーちゃんは特に驚いている感じでもなかったので、この答えはイザーちゃんとしては予想の範疇だったのかもしれない。
「以前のようにというと、俺がココに来るよりも前という事でいいのかな?」
「その通りです。ですが、私とうまなさんの間に距離が出来たことと真琴さんがココにやってきた事にはそこまで関係はないと思います。私個人の意見ではありますが、私とうまなさんの間に距離が出来たことは真琴さんがやってきたからではなく、うまなさんが高校生になったという事の方が大きいと思っているのです」
「それって、どういう事かな?」
「うまなさんも大人になったという事でしょうか。中学生と高校生では年齢的にはそれほど違いはないかもしれませんが、うまなさんほどの方であれば中学生の時のように自分の自由に出来る時間がないのかもしれないと思います。そのような方にわざわざ私と過ごす時間を割いていただくのは良くないのではないかと思っているのですよ」
そんな事は無いんじゃないかな。と言いかけた俺ではあったが、よくよく考えてみると俺はうまなちゃんがどのような中学生だったのか知らないのだ。イザーちゃんも栗鳥院柘榴も俺の知らないうまなちゃんの事を知っていると思うのだが、それを今から二人に聞くのは何となく違うような気もしていた。
「あの、それだったら前みたいにご飯の時間に特待生寮に遊びに来たらいいんじゃないかな。寮でご飯を食べた後の自由時間に遊びに来ても良いと思うよ。ほら、柘榴ちゃんはうまなちゃんの親戚でもあると同時に高校の先輩でもあるんだし、学校の事とかだけじゃなくプライベートなことも教えてあげたりしても良いんじゃないかな。去年は柘榴ちゃんがうまなちゃんの勉強を見てくれてたこともあったんだし、良いと思うよ」
いつもは相手の事を見透かすように目を見て話すイザーちゃんが栗鳥院柘榴の目を一切見ていないのは気になったが、イザーちゃんの言ったことを聞いた栗鳥院柘榴の目に光が宿ったように見えた。
生気のなかった栗鳥院柘榴の目が光り輝いて見えていた。
「そんなことしてもいいんですか?」
「良いと思うよ。お姉ちゃんに勉強を教わるのが一番だとは思うけど、お姉ちゃんも自分の担当教科以外はそこまで詳しくないかもしれないし、柘榴ちゃんみたいに成績も優秀な人だったらうまなちゃんの苦手なところとか教えてあげられるんじゃないかな」
「でも、瑠璃先生だけじゃなく真琴さんもいらっしゃるので私が教えるようなことは何もないかと思うのですが」
イザーちゃんは俺の方をチラッと見た後に深くため息をついていた。
たぶん、俺はこれから少しだけ傷付いてしまうんだ。
きっと、俺は傷付いてしまうんだ。
「それはちょっと誤解しているかも。このお兄さんは勉強は多少できるかもしれないけど、高校生だったことがないからうまなちゃんに上手に教えることは出来ないと思うよ。少なくとも、人間関係の問題とかはお兄さんに解決なんて出来ないと思う」
俺が人間関係のトラブルを解決できないと言い切られたことに関して反論したいと思ったが、俺の中にある高校生活なんて漫画やアニメで見ただけの薄っぺらいものしかないのだ。
実際に経験していない俺に語れるべき青春なんて何もないし、何も経験していないから答えることなんて出来ない。
だが、そんな俺でも何か教えることだって出来るはずだ。
今は何も思い浮かばないけど。
「そうだったんですね。私はてっきりうまなさんに色々なことを教えていらっしゃるのかと思ってましたわ。では、さっそく明日にでも伺わせていただきますね」
「お昼以降なら大丈夫だと思うよ。うまなちゃんはお休みの日ってゆっくり寝てるから午前中は起きてないと思うし」
「わかりました。お昼過ぎに伺いますね。今日はありがとうございました」
一応解決したことは解決したのだが、俺がココにいた意味があったのか少し考えていた。
イザーちゃんは無事に解決したことで安心したのか俺の方をバシバシを叩いている。
「こんなに簡単に解決するんでしたら、悪魔になんて相談しないで先にこちらに来ればよかかったですよ」
「悪魔に相談?」
「あ、すいません。それは冗談ですよ」
「冗談なんだ。本気かと思って驚いちゃった」
笑いあっている俺と栗鳥院柘榴とは別にイザーちゃんの視線はテーブルに向いたまま固まっていた。
俺の手首を握っているイザーちゃんの力は少しだけ強かったけれど、いつもとは違うか弱い感じがしていた。




