誘拐事件 第十二話
誘拐犯を殺して人質を助けると言う話は聞いたことがあるけれど、殺してしまった誘拐犯を他の世界にいる同一人物と交換してしまうという方法で誘拐事件自体を無かったことにするというのは前代未聞の出来事ではないだろうか。
いや、俺が知らないだけでそういった事件は結構身近にあったりするのかもしれないな。
「あの、私の事を天使だって言ってくれるのは嬉しいんですけど、私は天使じゃなくて普通の人間なんですけど」
「いえ、そんなことはございません。私達にはあなた様が光り輝く天使にしか見えません。銀色の悪魔から私たちを救ってくれたあなた様からは何か強い力を感じております」
「そんな事はないんだけどな。私はイザーちゃんみたいに力持ちでもないし、愛華ちゃんみたいに頭が凄くいいわけでもないからね」
この三人が本当に他の世界からやってきたのだとしても何らかの方法で生き返ったのだとしても彼らがこれからどうしていくのかなんて俺には関係ない。願わくば、誘拐事件を起こすような真似はしないでほしいと思った。
うまなちゃんが誘拐された時にイザーちゃんがやけに冷静だったのもこの事態を見越しての事だったのだろうか。それとも、仮にうまなちゃんが死んでしまったとしても他の世界からうまなちゃんを連れてくればいいなんて考えていたのだろうか。そんな事はないと思うけど、不気味なほど落ち着いていたイザーちゃんの考えはさっぱりわからなかった。
「私の事を怖がるのは別にいいんだけど、銀色の悪魔ってのは酷いと思わないかな」
「悪魔っぽいところもあると思うけど、あそこまで怯える必要はないと思うんだよね」
「ねえ、悪魔っぽいところがあるって酷いな。私みたいに可愛い女の子に対して悪魔っぽいとか言うなんて、お兄さんも意外と失礼なんだね」
「ごめんごめん、イザーちゃんは見かけによらず凄い力持ちだからそんな風に思っちゃっただけだよ。それに、いつでも落ち着いているから悪魔みたいに計算が早いのかなって思ったんだ」
変なことをつい口走ってしまったことを後悔したが、一度口から出た言葉は無かったことには出来ない。
でも、イザーちゃんは起こっているような口ぶりではあったけど、目と口は笑っているように見えた。少なくとも、俺に対して敵意を向けているという感じで放った。
「力はそんなに無いと思うけどな。今はまだ太陽が出てるからそこまで発揮出来てないし。もしもお兄さんが私の本当の力を見たいって言うんだったら、満月か新月の夜に私の部屋に遊びに来てくれていいからね。満月を選ぶのか、新月を選ぶのかはお兄さんに任せちゃうけど」
「満月か新月って、何が違うの?」
「それはね、お兄さんが私を求めてくるのか、私がお兄さんを求めちゃうのかってコト」
一瞬だけだったので気のせいかもしれないが、イザーちゃんの目つきが獲物を見つけた獣のように鋭くなっていたように見えた。
その事に気付いてしまったのか、瑠璃はイザーちゃんの事をじっと見ていた。瞬き一つせずにずっと見ていたのだが、その事を俺が見ていることに気付いた瑠璃は少し困ったような顔で俺に視線を向けてきた。
「ねえ、兄貴は楽しく過ごせてるかな?」
「ああ、色々とあるけど楽しく過ごせてるよ」
「そうなんだ。自分の部屋に引きこもってて、時々私と遊んでた時と比べてどっちが楽しいって思うかな?」
「そうだな。家にいた時の方が疲れたりしないし楽だったとは思うよ。でも、こうして色々と変わった経験が出来るのも楽しいとは思うな。あんまり経験したくないこともあるけど、楽しいと思ってるよ」
「良かった。兄貴がココにいるのが怖くて帰りたいって思ってたらどうしようかなって思ってたんだ。あ、別に兄貴が実家に帰っても私はココで先生として頑張って働くつもりだけどね」
俺がココで暮らしてまだほんの少ししか経っていないはずなのに、今まで生きてきた時間よりも濃密な時間が流れているように思えた。
信じられないようなことばかりが起きているこの現実に慣れることはないのかもしれないけど、目の前で起こっていることが真実なのだと理解することは出来ていた。
信じられないことと言えば、俺の左に立っている愛華ちゃんも信じられない人間の一人だ。
うまなちゃんと同じ高校生だとは思えないほど発達したその体はテレビや雑誌に出ているアイドルやモデルと比較しても遜色ないレベルだと思う。俺の妹の瑠璃よりも女性らしい体つきだと言えるのだが、それを口に出すまでもなく瑠璃は俺の事を睨んでいた。
あまり変なことは考えない方がいいようだ。
「真琴さんと先生って兄妹って事を抜きにしても仲が良いですよね。私もお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんで先生の気持ちは少しわかるんですけど、先生程はお兄ちゃんの事を思ってはいないかもしれないです」
「そんなことないと思うよ。瑠璃は俺に優しくしてくれるけど、家族としてだと思うよ」
「家族としてですか。なんにせよ、仲が良いのは良いことだと思います。私も真琴さんと仲良くなりたいなって思ってはいるんですよ。だって、真琴さんは私には出来ないことをやってくれそうな気がしてますからね」
「愛華ちゃんに出来ないことって、愛華ちゃんが出来ないことが俺に出来るとは思えないけど」
「真琴さんは私達には出来ないことを成し遂げることが出来ると思いますよ。もっと自信持ってくれていいと思います」
愛華ちゃんは俺から離れていくと、そのまま瑠璃と何か話をしているようだった。
少し離れた位置から見ると、瑠璃も先生っぽいところがあるんだと思った。何となくではあるけど、瑠璃が生徒を指導している姿に見えていたのだ。
授業が始まるとこんな光景が日常になっているのだなと改めて感じていた。




