誘拐事件 第九話
三人がこの世界に呼ばれた理由。
それはとても単純で自分勝手な理由だった。
「殺しちゃった三人の代わりにこの世界で暮らしてもらおうと思っただけだよ」
イザーちゃんも瑠璃もなんの悪びれもせずそのようなことをさらりと言ってのけた。
ココとは違うのにこの世界とよく似た他の世界で暮らしていただけの三人を強引にこの世界に呼び寄せて、自分たちが殺してしまった三人の代わりに生きていてもらおう。そんなのは身勝手な行動だと俺は思ってしまった。
「これって、ある意味ではこの三人を誘拐したって事じゃないの?」
俺の何気ない一言だったが、その一言はイザーちゃんの心に響く何かがあったようだ。
「そうかもしれないね。お姉ちゃんはこの三人を誘拐してしまったって事になるかもしれないのか。でも、向こうの世界には変わりに三人の死体を送ってあるから問題はないと思うよ」
「ちょっと待ってくださいよ。なんで私だけが悪いみたいな言い方してるんですか。もとはと言えばイザーさんが最後の一人を殺しっちゃったのが原因なんですからね」
「それはそうかもしれないけど、そこを気にしてもしょうがないでしょ。だけど、こっちはうまなちゃんが誘拐されたんだからおあいこって事でいいよね」
良くはないと思うのだけど、ここで余計なことを言ってあの三人に何かあってはかわいそうすぎると思ってグッと我慢することにした。
瑠璃もイザーちゃんも俺が何かを言うことをずっと待っている感じを出しているので、俺はあえて何も言わずに無言でじっと二人を見つめていた。
「そんなに見つめられたら緊張しちゃうよ。ほら、お姉ちゃんも緊張して顔が赤くなっちゃってるよ」
「そんなことないって。別に兄貴に見つめられたからって何も思わないし」
「そんな事言ってるけど、お姉ちゃんはずっと顔が赤いよ。熱でもあるのかな。ねえ、お兄さんが測ってあげなよ」
「べ、別にそんなことしなくていいし。てか、兄貴も近付いてこなくていいって」
瑠璃は俺を突き飛ばすとそのまま部屋を出ていってしまった。俺は倒れた時に何とか受け身をとることが出来たので大事には至らなかったけど、背中と腰と腕はジンジンとした痛みを感じていた。
「今のお姉ちゃんはお兄さんが追いかけても逆効果だと思うんで私がちゃんとお話ししてくるね。お兄さんはこの人たちが変な気を起こさないように見張っててね。今はまだ勝手に動かれると困ったことになっちゃうんで、この部屋から逃げないようにちゃんと見張ってるんだよ」
「見張るのは良いんだけど、俺一人で大丈夫かな」
どう見ても俺よりも体格の良い三人を相手に何においても素人の俺が抑えきれるのだろうか。
この三人が別々の方向へ走って逃げたら俺はどうすることも出来ないと思う。
「心配しなくても大丈夫だよ。お兄さんにはこれを渡しておくから」
「これって、何?」
イザーちゃんが俺にくれたものはプラスチックで出来ているオモチャの拳銃であった。
どの角度から見ても一目でオモチャだとわかるコレでどう牽制すればいいのだろうか。こんな見た目の拳銃では子供でも騙すことは出来ないだろう。
「大丈夫。その引き金を引くとその三人めがけてナニかが発射されるから。お兄さんの視界に三人が入ってる状態で引き金を引くだけでいいからね。もしも、その拳銃をあの三人に奪われたとしても心配しなくていいからね。その拳銃はすでにあの三人をターゲットとして認識しているんだよ」
「ごめん、イザーちゃんが言っていることの意味が全然分からないんだけど」
「それでもいいの。あの三人が逃げ出そうとしたら、お兄さんはその拳銃の引き金を引くだけでいいって事だからね。運が良ければ、あの三人が動けなくなるだけで済むんだよ」
「運が悪かったら?」
「どうなるんだろうね。私は運が悪い人の事なんて全然わからないんだ」
イザーちゃんは手を振りながら部屋を出ていったのだが、正直に言って俺はここで何をすればいいのか理解していない。
瑠璃が出ていった扉とは逆方向にある扉を使ってイザーちゃんが出ていったのはどうしてなのだろうか。何か意味があるのかもしれないが、単純に今の立ち位置から近かったというだけの話かもしれない。
この三人はうまなちゃんを誘拐した三人とは似てるけど別人だという話だし、そんな別人をココに監禁するようなことをしていいのだろうか。
別の世界から呼び出したと言っていたけれど、世界を超えた誘拐とは何が違うのだろうか。俺には何も理解出来ないでいた。
三人の男はまるで子供の用に寄り添ってお互いを励ましあっているように見えるのだが、三人で話し合っている姿はここから逃げる相談をしているようにも見える。
俺としてはこの三人を逃がしてあげたいという気持ちもあるのだ。この三人は加害者ではなく被害者だと思うし、出来ることなら力になってあげたいとも思っている。
今の俺に出来ることなんて何もないのはわかっている。わかってはいるが、全く知らない場所に無理やり連れてこられた三人の気持ちを思うと、俺は何かしてあげないといけないんじゃないかという気持ちにもなってしまうのだ。
イザーちゃんが出ていった扉は何故か開け放たれたままなのだが、この状況で開いているという事は何かの罠だと思うだろうな。
俺が三人の立場だったとしたら、イザーちゃんが出ていって開いたままの扉から出る事に何らかの恐怖を感じてしまいそうだ。
どれくらいの時間見張っていればいいのだろうか。その事を聞くのを忘れていた。
三人の男と黙って見つめあっているこの時間は、とても気まずく不安な気持ちになるモノであった。
「あの、一つ聞きたいことがあるのですが。質問をしてもいいのでしょうか?」
三人の中で一番背の高い男が俺に話しかけてきた。
さっきの三人の言葉はほとんどわからなかったけれど、今はこの男の言っている言葉が理解出来ている。
何を聞かれるのだろうかと身構えてしまったが、男は開いている扉を警戒しながら俺の方へゆっくりと近付いてきた。
「ココはいったいどこなのでしょうか?」




