誘拐事件 第七話
イザーちゃんは転がっている死体を重ねてその上に黒い布をかけていた。
また何か怪しげな儀式でも行うのだろうと思って見ていたのだが、布をかけただけで満足したのか俺の横来ると瑠璃に向かって指示を出していた。
「もう、イザーさんは人使いが荒いんだから。今の私がやってもうまくいくとは限らないんだからね」
「それはわかってるよ。たとえ失敗するのがわかっていたとしてもお姉ちゃんにお願いするしかないんだからね」
「あんまり期待しないでよ」
瑠璃が天井に向かって何かをつかむように手を伸ばしていた。
いつの間にかイザーちゃんが俺の手を握っていたのだが、少しずつ握る力が強くなっていった。
「お姉ちゃんの魔法が成功するか失敗するかはお兄さんの応援にかかってるんだからね。黙って見てるだけじゃなくて、心を込めて応援してあげてね」
「応援するって、いったい何に対して応援すればいいの?」
「頑張れとかお姉ちゃんなら出来るとかそんな感じでいいと思うよ。お兄さんがお姉ちゃんを応援することに意味があるんだからね」
言われたことは素直に実行する。疑問に思ったことがあったとしても、この状況を俺よりも理解しているイザーちゃんのいう事なら素直に受け止める。
それが、大人の対応というやつだ。
いつまで応援をすればいいのかわからないのでずっとずっと瑠璃の事を応援していたのだが、いつの間にか黒い布が地面に敷かれていた。さっきまであった三人の死体が無くなったのか、黒い布の下には何もない状態になっていた。
「兄貴、そんなに頑張れって言われたらちょっと恥ずかしいよ。集中出来なくてちょっと時間かかっちゃったけど、何とか成功はしたよ。兄貴の応援が無ければもう少し早く出来たかもしれなかったけどね」
「そうなのか。なんかごめん」
「そんなことないでしょ。お姉ちゃんはいつもより気合が入っているように見えたけどね。お兄さんに応援されて嬉しいって思ってたくせに」
「ちょっと、変なこと言わないでよ。私が兄貴に応援してもらったからって嬉しいって思うわけないでしょ。言いがかりは良くないよ」
「言いがかりじゃないと思うんだけどな」
二人が言い争っているのを横目に見ながら、俺はあの布の舌がどうなっているのか気になって布をめくろうと二人から離れていた。
黒い布の目の前まで来た俺は手を伸ばして布をめくって見ようとした瞬間、俺の手をイザーちゃんが掴んでいて瑠璃は俺と布の間に割って入って俺が前に進めないように押してきたのだ。
「今はまだ布に触れちゃダメだよ。お兄さんなら大丈夫かもしれないとは思うけど、万が一って事もあるからね」
「兄貴はいつも注意力が足りないから気を付けてよね。もう少しで戻ってくると思うから、それまでは我慢して」
自分よりも小さい女子二人の手で俺は完全に動きを封じられていた。前に進むことも後ろに下がることも横に避けることも出来ない、不思議な力によって完全に動きを封じられているのである。
「もう少しだけ待ってね。お姉ちゃんが頑張ってくれたから成功するはずだよ」
「大丈夫。私は出来ることをやったから。兄貴も私の事を応援してくれたし、きっと大丈夫なはず」
二人は俺を押さえながらも視線は布の方に向いていた。
俺も二人と同じように布を見ようとしていたのだが、瑠璃が俺の顎を上に押し上げてきていたので視線が天井に向かってしまっていたのだ。
無機質な天井には照明がいくつか吊るされているのだが、その照明が一つだけ大きく揺れていた。他の照明はピクリとも動いていないのに一つだけが大きく揺れている。
「もう大丈夫かも。お姉ちゃんもよく頑張ったね」
「ありがとう。イザーさんの協力と兄貴の応援があったからかも」
何が成功なのか気になっている俺ではあったが、相変わらず瑠璃の手で顎を押されているので天井以外を見ることが出来ないでいた。
相変わらず一つだけ照明が大きく揺れていたのだけれど、瑠璃の力が少しだけ弱まったと同時に照明の揺れも収まっていた。
「もうお兄さんが見ても平気だと思うよ」
「そうだね。ここまでくればもう一息だもんね」
「お姉ちゃんの力もだいぶ戻ってきた感じかな?」
「どうだろう。その辺はよくわかってないんだよね。イザーさんから見てどうかな?」
「あの時と比べたら全然頼りないって思うけど、凄く成長していると思うよ。一人で何でもやっていた時よりも気持ちは楽になってたりするでしょ?」
「そうかもしれない。ココに来るまでは漠然とした何かから兄貴を守らないといけないって思ってたんだけど、イザーさんに色々と教えて貰ってからどうすればいいのかわかったからね。目的も理由も何もわからない状態だとどうしていいのか正直分からなかったんだよ」
「今は私もお兄さんを守ってるからお姉ちゃんの負担もその分少なくなってるしね」
俺は確かに瑠璃に色々と助けてもらっていた。
いじめを苦にして死のうと思ったことも何度かあったけど、そのたびに瑠璃が俺の事を支えてくれていた。妹に頼るなんて兄としてダメだとは思うのだが、あの時の俺は瑠璃だけにしか頼ることが出来なかったのだ。両親も俺の事を見守ってくれてはいたけれど、誰よりも親身になって俺を支えてくれたのは、間違いなく瑠璃だったのだ。
「あの、さすがにずっと顎を押されてるのは苦しいんだけど。そろそろ外してもらってもいいかな?」
「ごめん、夢中になって忘れてた」
瑠璃の手から解放された俺は深く息を吸って、ゆっくりと深呼吸をしていた。
あの布がどうなったのか気になって見てみたところ、最初に見たときと同じように布の中に三人がいるように見えていた。
ただ、少しだけ気になったのは、その布がもぞもぞと動いていたという事だった。




