第十六話 秘密の地下室
特待生寮の地下には秘密の小部屋があるらしい。
たまたま地下室への階段を見つけた俺は己の好奇心に負けて階段をゆっくりと降りていったのだが、聞きなれた話し声が聞こえてきたことで変な場所ではないと思って油断してしまっていた。
三人の声が聞こえてきて安心せずに引き返すべきだった。
心からそう思っていた。
「真琴さんがここに来たって事は、全ての準備が整ったという事ですね」
「そういう事になるかな。でも、もう少しだけ時間が欲しかったかも」
「ですね。今のままだと不完全な状態で繋がってしまいます」
「真琴ちゃんと瑠璃ちゃんがいれば何とかなると思うけど、問題はうまなちゃんがどう思うかって事なのよね」
特待生寮なので愛華さんがいることはおかしくない。イザーちゃんも俺が住んでる寮にいたり特待生寮にいたりするのでおかしくはない。
ただ、午彪さんと一緒にイギリスに行っている奈緒美さんがいるのはおかしい。さっきもテレビ電話で話したはずの奈緒美さんが目の前にいるというのはどう考えても納得できない。
「そんな不思議そうな顔しなくてもいいわよ。これからイザーちゃんと愛華ちゃんが真琴ちゃんに説明してくれるからね」
奈緒美さんは特待生寮の地下に集まっている三人が何をしているのかを俺が知りたいと思っているようだ。
確かにそれも気にはなるのだけれど、それ以上にさっきまでテレビ電話で話していたイギリスにいるはずの奈緒美さんがここにいるという事が気になっているのだ。
アレは録画や合成だとは思えないのだが、イギリスに行っているという話自体も嘘なのだろうか。
「そう言えば、奈緒美は午彪と一緒にどこかに行ってるんじゃなかったっけ。多分、お兄さんはその事で混乱しているんだと思うよ。この部屋で何をしているのかも気になってると思うけど、それ以上にイギリスとここに奈緒美がいるってのが気になってるんだと思うな」
「そう言えばそうだったかも。私は今、パパと一緒にイギリスに行ってるんだった。でも、それくらいで驚かれても困っちゃうけどね」
「いや、普通は驚きますよ。私もイザーさんに教えて貰うまで奈緒美さんが二人いるって知らなかったですもん」
「お兄さんは理解出来ていないようだから教えてあげるけど、奈緒美は二人いるんだよ。奈緒美が二人いるっていう事がどういう意味なのか分かってないみたいだから簡単に説明するけど、奈緒美はこの世界に二人いるって事だからね」
「その説明で納得出来ないと思わないのかな?」
愛華ちゃんが奈緒美さんは二人いると言っているのだから奈緒美さんが二人いるというのは本当なのだろう。
イザーちゃんも奈緒美さんもうまなちゃんも瑠璃も人間なんで嘘の一つくらいつくだろう。
嘘をつかないような人間はこの世に存在していないと思っていた。
だが、愛華ちゃんだけは嘘をつかないのではないかと思える何かがあった。その何かはわからないけれど、愛華ちゃんは嘘をつかないと断言してもいいだろう。
「あんまりいやらしい目で愛華の事を見ない方がいいと思うよ。本人も嫌だと思うけどさ、それ以上に周りの人も不愉快に感じちゃうんだからね。うまなちゃんもお兄さんが愛華の大きいおっぱいをじっと見てるって言ってたよ」
「ちょっと待ってよ。そんなことしてないと思うけど」
「それはどうかな。今だって私たちの事は見ずに愛華の事ばかり見ているように見えるけど。お兄さんは奈緒美が二人いるって事よりも愛華の無駄に大きいおっぱいの事の方が気になるって事なのかな?」
俺はそういうつもりで愛華ちゃんを見ていたわけではない。
それを説明しようと思ったけれど、いくら説明したところで今の状況では信じてもらえないだろうと感じていた。
いっそのこと、そんな風に思ってもらっていた方が気が楽になるかもしれない。いや、別に愛華ちゃんの胸を見ていたつもりなんてないのだけど、イザーちゃんがそんな風に感じるくらい愛華ちゃんの胸のインパクトがあるという事なのかもしれないな。
「あの、真琴さんは私の顔を見た後に視線を下に動かしているように感じてました。それは男性なら仕方ないことだと思ってるんで、私は……平気ですよ」
「真琴ちゃんは若い男の子だから仕方ないよね。でも、あんまりジロジロと見るのは良くないと思うな。イザーちゃんとかうまなちゃんみたいにフラットな人の事も時々見てあげるといいかもよ」
「ねえ、そんな言い方は良くないと思うよ。私もうまなちゃんも気にはしてないけど、周りから言われるのはちょっと違うんじゃないかなって思ってるからね。本当に気になんてしてないけど、他の人から言われるのはどうかなって思うよ」
奈緒美さんが二人いるという話を知りたかったのだが、ここで俺がその話題を出すのはタイミング的にまずいように思えた。
イザーちゃんがサイボーグでヴァンパイアだという話に続いて奈緒美さんが二人いるという事もココでは常識だという事なのだろうか。そうでなければ愛華ちゃんがその事実を素直に受け止めるとは思えないのだ。
話の着地点としてそれが正しいのかわからないが、イザーちゃんとうまなちゃん側の人間に瑠璃も加わることでこの話は幕引きとなったようだ。
本人のいないところで決められたことではあるが、瑠璃の兄として俺はその話し合いに同意することにした。瑠璃本人は認めないとは思うけど、事実というのは時に厳しい現実を突きつけることもあるのだ。
「すっかり話はそれてしまったけど、お兄さんがここに来たからにはここの説明をしておかないといけないよね。本当だったら完璧に作動するのを確認してからお兄さんを呼びたかったんだけど、そうも言っていられない事態になっちゃんったんだよね。その原因はまだわかってないんだけど、私たち五人が集まっちゃったのが良くなかったのかもしれないね」
「その可能性は高いですね。今までは全く作動する気配すらなかったこの子たちが一斉に動き出しちゃいましたもんね。真琴さんと瑠璃さんがこの寮に入った時にはこっちのゲートが開いちゃってましたからね」
イザーちゃんと愛華ちゃんが見ているのは何の変哲もない壁なのだが、よく目を凝らして見ているとうっすらと扉のようなものがあるように感じていた。
「お兄さんにはまだ見えないかもしれないけど、ここにある柱と柱の間はココと他の世界を繋ぐゲートなんだよ。今は私が結界を張ってるから侵入してくるような奴はいないんだけど、一応警戒だけはしてるんだよ」
「それと、こっちの扉は新しい世界へと通じる扉なんだよ。こっちはまだつながるまで時間がかかりそうだけどね」
イザーちゃんも奈緒美さんも嘘は言っていないと思う。
本当の事を言っているはずなのに、どうしても何か全面的に信じることが出来ないでいた。
異世界や新世界に繋がるモノがこんな地下にあって良いのかという疑問がわいてきた。
「目的の世界を探すよりも、自分たちで新しい世界を作っちゃった方が早いんじゃないかなって思ってるんですよ。イザーさんも奈緒美さんもそう考えてますよね?」
愛華ちゃんの言葉に対してイザーちゃんと奈緒美さんは深く頷いていた。
という事は、イザーちゃんが言っていた嘘みたいな話も本当だったという事なのかもしれないな。




