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死んでも守るなんて言わないで

作者: 夜空タテハ

「俺が惚れた女だ。死んでも守ってやる」

 彼はそんなことを言って、魔物に剣を向けた。突然のことで色んな感情が押し寄せてきたが、とにかく、私は、彼になにか言わなくちゃと思った。

「死ぬなんて言わないでください! 貴方が死んだら、悲しむ人だっているでしょう?」

「あ? そんなものいねーよ。俺には親も、仲間も、恋人も、何もない。アンタだってさっき会ったばかりの俺のこと、なんとも思ってねーだろ?」

「そっ、そんなことないです……!」

「話は後だ」

 魔物に剣を向ける視線を逸らさないまま、彼は言った。周りの空気がピリピリとした。魔物が彼を威嚇し、咆哮を上げる。

 彼はまったく動じることなく、剣を構えていた姿勢のまま。

 一瞬の出来事だった。魔物がこちらへ向かってきたかと思えば、彼の剣によって切り刻まれていた。ボタボタっと、刻まれた肉塊が地面に打ち付けたる音や血の滴る音などが辺りに響く。

「や、やりましたね! すごいです……!」

 私は思わず歓喜の声を上げる。

「別に、すごくはねーよ。これくらい……」

「そうなんですか? でも、私からしたら充分すごいです。魔物をやっつけちゃうなんて」

「そうかよ、ありがとな。……で、なにから話せばいい? アンタはどうして魔物を倒せやしないのに、魔物が出る森なんて危険な場所にいるんだ? ああ、すまん、ちょっと待ってくれ。新鮮な内に処理をしないとな」

「処理?」

 彼は私の疑問には答えず、黙々と魔物の解体作業を開始した。魔物の皮や肉などは、色々なことに使えるらしい。

「せっかくだから、一緒に食うか?」

 そんなことを言われて、一瞬とまどった。

「いいんですか?」

「ああ、ここで会ったのもなにかの縁だろ。凝った料理にしろって言われたら無理だけどな。塩焼きでよかったらすぐできるぜ」

「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます。……私になにか手伝えることありますか?」

「なんもしなくていーよ。……じゃあ、薪を集めてくれるか?」

「はい!」

「元気な返事だな。あんまり遠くには行くなよ? 俺から見える範囲でな」

「わかりました!」

 答えて、私は周辺の薪になりそうな木の枝を拾いに行く。

「これくらいでいいですか?」

「おお、充分。ありがとな」

 私が木の枝を拾って戻ってくると、もう下ごしらえが終わっていた。

「じゃあ、焼いていくか」

 小さな火から、徐々に大きな火になっていく。焚き火の炎を見ていると、なんだか落ち着いた。

「さて、じゃあどうする?」

 彼は、魔物の肉の塩焼きを作りながら、私に問うてきた。

「あ、あの、えっと、本題に入る前に、助けてもらえてありがとうございました! 私、ロエルと申します。貴方は……?」

「あー、名乗ってなかったか。……俺はファイ。よろしくな」

 名乗りながら彼は右手を差し出してきた。私はそれに答えて握手をする。

「……で、ロエルはなんでこんなとこにいるんだ? 見るからに世間知らずのお嬢さんって感じじゃねーか。魔物狩りごっこ遊びか?」

「ち、違います。そもそも私、魔物を倒すことなんてできなくて逃げ惑ってばっかりで……」

「へぇ。じゃあ、なんでまた」

「それは……私には、病気の妹がいるんです。妹の病気を治すには、とってもたくさんお金が必要だって言われて……。でも、古い文献で見かけたんです。この森のどこかに、どんな病気でも治せる万能薬になる薬草が生えている、って。なかなかそう簡単に見つかるものでもないとも書かれてましたが……」

「薬草ねぇ……。ああ、確かに俺のジジイが言ってたな。この森の奥深く、災厄の魔物が封印されている洞窟の、更に奥、一番、深いところに、伝説の薬草が生えているんだ、とかなんとか」

「本当ですか?! それがあれば妹は……!!」

「……アンタ、わかってねーだろ」

「なんですか?」

 彼の呆れた顔に見つめられ、私はポカンとしてしまった。

「いいか? 『災厄の魔物』ってのは、魔物の中でも最上位の魔物だ。強さはそこら辺の雑魚とは大違い。だから、洞窟の奥深くに封印されてるんだ。それに近づいたら、やべーことになる。なにも薬草でなくても、妹さんの病気は金があれば治るんだろ?」

「そ、それは……そうですけど、そんな大金、家にはなくて……」

「だったら、俺が稼いでやるよ」

「え?」

 彼の言葉に、私は、どう返せばいいのかわからなかった。

「俺は魔物の討伐を生業にしてるんだ。稼ぐのは難しいことじゃねーよ。俺がアンタの代わりに稼いで、妹さんの病気を治してやる。……ただ、一つ条件がある」

「なんですか? なんでも聞きます!」

 私が言うと、彼はニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。

「言ったな? 本当になんでもしてくれるんだろうな」

 念を押されて、少したじろいだが、覚悟は決まっている。大切な妹のためだ。多少の無理は通してみせる。

「妹さんが元気になったら、俺と結婚してくれ」

「……は?」

「聞こえなかったか? 俺と、」

「い、いや、聞こえました! 聞こえましたけど……!」

 彼の声のトーンは、とても真剣なものだった。本当に本気のプロポーズらしい。初めて会ってから一時間も経っていない人間からプロポーズをされるなんて、衝撃すぎて言葉を失ってしまう。

「……魔物狩りなんてしてる野蛮な人間は嫌か?」

「えっ、いや、そんな、そんなことないです……! 魔物から助けてくださって、感謝してますし、でも、いきなり結婚なんて言われても、そもそもさっき会ったばっかりですよね?!」

 私は早口でまくし立てる。そう、彼と出会ったのはついさっきの出来事なのである。


 時間は少し遡り、私が薬草を探して森の中をふらふらと歩き回っていたところ。

 パキっ、と、木の枝が折れる音がして、そちらを振り向くと、一人の男が立っていた。それが彼だ。

 目が合った瞬間、彼は常人ならありえない速さでこちらへ近づいてきた。

「アンタ、一人か? ここは若い女が来ていいとこじゃねーぞ?」

 とんでもない威圧感を放ちながらそんなことを言われて、私はたじろぐ。

「わ、私は……」

 私が答えようとした瞬間、地鳴りがした。それは、魔物の足音だった。

「俺の後ろに隠れろ!」

 彼は瞬時に私を庇って魔物に対峙した。

 そこからは、先程の流れの通り……。そういえば、「惚れた女だ」とか「死んでも守ってやる」とか言われていた、と思い出した。目まぐるしく状況が変わって頭が追いついていなかった。


「……確かに、アンタの言いたいこともわかる。俺たちはさっき会ったばっかりだ。いきなり結婚なんてのは早かったかもしれねえ。でも、俺はアンタを、ひと目、見た瞬間から、ビビッと来たんだよ。雷が落ちたみたいな衝撃で……あ、一目惚れって実際にあるんだな、なんて思ったんだ」

「……えーっと、つまり、貴方は私に一目惚れをしたから、妹のために稼いでくれると……? そして、交換条件として私に貴方と結婚しろと仰る?」

「そうだよ。……嫌か?」

「嫌……では、ないですけど、その、ちょっと、考える時間を貰ってもいいですか?」

「……わかった。また明日の朝にでも、もう少し安全な……森の入り口の辺りで落ち合おう。あ、これ持っていけよ。魔物の肉の塩焼き、とりあえず包んだから、これはアンタの分。俺は皮やらなんやら売りに行くわ。アンタはもう今日は早く帰れ。夜の森は本当に危ないからな」

「は、はい……。あの、色々とありがとうございます。感謝してます。……じゃあ、また明日」

「おう、明日な」

 会話をしていた間に出来上がっていたらしい魔物の肉の塩焼きを受け取って、私は家路についた。火の始末をして、彼は、森の入り口まで、魔物に襲われることのないようにと、ついてきてくれた。そこでお別れをして、私は帰宅した。

 帰宅するなり、何をするよりも先に魔物の肉の塩焼きを食べた。

「おいしい……」

 思わずそう呟く程度には、今まで食べたどんなものよりもおいしかった。魔物狩りを生業としている彼は日常的にこんなおいしいものを食べているんだろうか、なんて思う。

 食べ終わった後は、湯浴みや着替えなどを済ませて、私は一人、ベッドの上でぼんやりとしていた。

 病気の妹は、今は病院に入院中で、妹と二人で住んでいたこの家は、今は一人で住むには少し広すぎる。私と妹は、色んなことがあって両親と縁を切って、この村に引っ越してきた。二人きりでの生活は、最初は慣れないことも多かったけれど、順調に進んでいるように見えていた。妹の病気が発覚するまでは。

 最初は、ただの風邪だと思っていた。けれど、そうじゃなかった。どうやらこの村の近くで流行っている病らしい。死者はそれほど多くはないが、場合によっては死ぬ可能性もあるようだ。根本的な治療ができる治療薬は存在していなくて、対症療法しか今はできないとのことだった。ベッドの上で動けずにいる妹を見るのは、つらくて、耐えられなくて、神様を恨んだ。

 ――様々なことを考えていたら、いつの間にか夜明けを迎えていた。

 私はベッドから体を起こして、朝の用意を済ませる。食事をして、着替えて、彼が待っているはずの森の入り口へと向かう。

 森の入り口にたどり着くと、彼の姿があった。

「おはよう、ファイ」

 声をかけると、彼は嬉しそうにこちらへ振り向く。

「よー、ロエル。……で、答えは決まったか?」

「うっ……」

 直球でいきなり聞かれて、私は戸惑った。考えなければいけないことが多すぎて、考えがまとまらない。

「……答えのことは、一旦ちょっと置いといていい? まずは貴方のことを知るべきだと思うの。ファイは……どうして、こんなところで一人で魔物狩りなんてしているの? 家は? 家族はどうしてるの? 仲間はいないの? 魔物狩りなんて、本来なら一人でやることじゃないのに……」

「あー……。まあ、待て。そう矢継ぎ早に聞かれちゃたまらん。一つずつ答えるよ。……ゆっくり話そうか。ここなら、人も魔物も滅多に来ないからな」

 そう言って彼は、地面に布を敷いて、そこに座った。道具を広げて、飲食物を用意している。

「座んねーのか?」

 ポンポン、と、彼は彼の隣の辺りを叩いて、私に座るように促す。

「……こんなことろじゃなく、村じゃダメなの?」

「村だと人がいるだろ」

「……人に見られたらまずいことでもあるの?」

 私は、彼の隣に立ったまま、彼を見下ろす形で彼に問う。彼の瞳が上向いて、少しかわいらしく見えた。

「……んんー、まあ、ロエル、弱そうだもんな。バレても大丈夫か。……魔人、って知ってるか?」

「魔人……? そんなの、幼少期の学校教育で習う、この世界の基本事項よ。魔物と人間の間に生まれたもので、特殊な力を持ってて……って、えっ、ファイ、貴方まさか」

「そう、魔人だよ」

 あっけらかんと答える彼に、私は唖然とした。

「ウソ。魔人は五百年前に滅びた、って、確か、そう学校で習って……」

「表向きはな。……魔人にとっては、魔物も人間も、全部、敵で、おとなしく森の奥で身を潜めて暮らしていくしかなかった。そうする内に、いつの間にか人間との交流は途絶えて、魔人は滅びたってことなった。……他に質問は?」

「……どうしてファイは、こんなところにいるの?」

「……人間に興味があったから。人間ってのは本当にそんな悪いやつらなのか、自分の目で確かめてみたくなったんだ。だけど、仲間には大反対された。けど、コッソリと抜け出してきて、今ここにいる。……人間の文化で言う『家出』ってやつかな? 俺がもともと住んでいた魔人の集落は、もっと遠い森の奥深くにある。人間の村の方にまで行ってみようかとも思ったけど、いきなりそれはちょっと怖くて、人間が森に来ることがないか様子を見てたら、アンタが来た。……って、わけ」

 彼の言葉は、にわかには信じがたかった。魔人なんて存在は、とっくに滅んでいるものと、学校では教わっていた。それに、彼はどう見ても人間と違いはない。

「……ファイは、どう見ても人間と変わらないように見えるんだけど?」

 私がそう疑問を口にすると、彼はフッと笑ってみせた。

「魔人は、魔物と人間の間に生まれた子だってのはわかってるだろ? 俺は、人間の血が濃くて、母親似なんだとさ。魔物の親父がよく言ってたよ。……それに、普段は隠してるんだが……ロエルには、まあ、見せてもいいだろ」

 そう言って、彼は立ち上がった。何をするのかと思いながら彼を見つめていたら、彼の体が発光し始めた。眩しくて目を細めたが、一瞬で光はおさまった。

 光がおさまった瞬間、目の前に立つ彼の姿が、少し変わっていた。頭にツノと、腰の後ろにしっぽのようなものがある。

「……これが、魔人の本来の姿。普段は人間に擬態してるんだ。そうでないと、うかつに買い物もできやしないからな」

「……本物……?」

 恐る恐る、私は尋ねる。

「本物だよ」

 彼はそう言って、笑ってみせた。そして、もう一度、彼の体が発光し、また人間の姿へと戻っていた。

「……さて、話さなくちゃいけないことはこれくらいでいいか? 他に聞きたいことは?」

「……魔物を狩ることは、魔人である貴方にとっては同族を狩るのと同じことじゃないの?」

「……まあ、そう思うのもわかる。でも、魔物は、魔物だ。魔物に言葉は通じない。まあ、俺のご先祖でもあるわけだから、少しは引け目はある。けど、他の動物を狩るよりもよっぽど金になる。……生きるために食べることは、人間でも魔人でも魔物でも、他の動物でも、変わらない。魔物は、俺と同じじゃない」

「そう……」

「で、プロポーズの答えは? そろそろ聞きたいんだけど」

「そっ、それは、その……っ」

 急に言われて、私は答えに詰まった。

「貴方が魔人だってことは、私と貴方が結婚したら、その……魔人のクォーターの子供が生まれるってこと……?」

「まあ、確かに。……人間と魔人の間で、子供を作ることができたら、だけどな」

「……一応、聞くけど、人間の繁殖方法は知ってるの?」

「多分だいたい魔人と変わんねーだろ。オスとメスが……」

「ああー、言わなくていい! わかった! わかってる!」

「そうか。……で、返事」

「うっ……うう〜……。本当に、本当に妹の病気が治せるくらい稼いでくれるのよね?」

「ああ、約束は守る」

「…………わかったわ、結婚、しましょう」

 私の言葉を聞いて、彼は、信じられないというような顔で黙ってしまった。

「ファイ? 聞いてる?」

「お、おう。や……正直、断られると思ってたらから、びっくりして……」

 彼は、ふわふわとした口調でそんなことを言う。

「……私だって、魔人と結婚するなんて、信じられないけど……でも、妹のためだもの。なりふり構っていられないわ」

「……本当に、妹のためだけに?」

 問われて、私は少し言葉を探す。

「妹のため、ってのが一番だけど……昨日、助けてくれたし、妹のためにお金を稼いでまでしてくれるって言ってくれて……その、こんなこと言うと、ちょっとアレだけど」

「なんだよ?」

「顔が……好きなタイプだから……」

「……それは、俺の顔がかっこいいってこと?」

「そうよ、そう言ってるの」

「はは、女の子からそんな風に言われたのは、初めてだよ。嬉しいもんだな」

 そう言って笑う彼の姿が、私にはとても愛おしく見えた。

「……ファイは、今日はどうするの?」

「ん? いつも通り魔物狩りをして、換金してもらいに行って、帰って……のつもりだけど……なに?」

「私達、結婚するんでしょう?」

「そうだな、結婚の約束はした。でも、それはもっと稼いでからって話で……」

「今日から、一緒に住まない?」

「えっ?」

 私の提案に、彼は驚いて声を上げた。

「結婚するなら、一緒に住むことになるでしょう? 結婚するの自体はまだ先でも、今からでも一緒に住まない? ……結婚するのは、妹がちゃんと元気になってからにしたいんだけど。妹に、ちゃんと、私の晴れ姿、見てもらいたいもの。でも、私、妹と二人暮しで、妹は今、入院してるから、家が広すぎてちょっと困ってるのよ。ファイが一緒に住んでくれたら、嬉しいし、すごく助かる。結婚に備えて、お互いに色々と知っていくためにも、いいことじゃない?」

「んんー……まあ、ロエルがそう言うなら、そうしよう。俺としてはそれはすごく助かる提案だ。でも、いいのか? いきなり一緒に住むなんて、村の他の人間が騒いで、魔人の存在がバレちゃうかも……」

「それは心配ないわ」

「は?」

 不思議そうな顔をする彼に、私は口を開く。

「私達、姉妹はね、村八分にされてるの。……実はね、私達の親、村の中ではかなりの権力者で。でも、私達は親に不満があって、色んなこと投げ出して、親と縁を切って家を出た。だから、村に私達の居場所はないの。村から少し離れたところに、私達の家はあるから、心配ないわ」

「……でも、妹さんは村の病院に入院してるって言ってなかったか……?」

「……村の人たちも、さすがに病人を見殺しにするのは気分が悪いんでしょうね。仕方なく面倒を見てもらっているわ。早く出ていけ、って、言われるから、見舞いにも行けないけど……」

「そうだったのか……。それは、ますます早く稼いで、元気になった妹さんと三人で一緒に暮らせるようにしないとだな」

「……『伝説の薬草』を見つけてくれてもいいのよ?」

「それは難しいな」

「冗談よ。そこまで大変なことは望まないわ。……で、今日から一緒に住むってことでいいのよね? 荷物とかまとめて、さっさと運んじゃいましょう」

「そうだな。じゃあ、手伝ってくれるか?」

「喜んで」

 私が頷くと、彼は嬉しそうに笑った。その笑顔が、眩しくてたまらなかった。


 引っ越しは、案外すぐに終わった。彼の荷物はさほど多くはなかったので。

「よし、これで最後だな」

 彼がそう言って荷物を床に置いて、一息つく。

「お疲れ様」

「おう、ありがとな」

 私は彼に飲み物を差し出して、彼の隣に座った。

「改めて今日からよろしく、ファイ」

「こちらこそだ、ロエル。仲良くしていこうぜ」

「そうね。……今日は、ファイの歓迎ってことで、私が晩ごはんを作るわ。あと、掃除とか、色々、当番を決めていきましょうか」

「ロエル、料理できるのか?」

「料理だけじゃなく、家事全般できるわよ。妹と二人で暮らしてきて、だいたいのことは身に付いてるわ」

「そうか。俺は掃除は苦手なんだ。……だからって、ロエルに任せっきりってわけにもいかないよな。日替わりの当番制で色々、回していこうぜ」

「そうしましょう。後で相談しましょうね」

「おう。……なにか手伝うことあるか?」

「今日は疲れただろうから、ゆっくりしてて。あ、お風呂に入りたかったら、準備しておいてね。じゃあ、私は、夕飯を作ってくるから」

「おー、わかった。じゃあ、風呂の準備してくるわ」

「お願いね」

 そう言って分かれて作業を開始した。私は夕飯の準備。彼はお風呂の準備。

 彼がお風呂の準備を終えた頃、ちょうどよく夕飯が出来上がった。

「食べてからお風呂にする? それとも……」

「ロエルがいい、……なんて、言ってみてもいいやつ?」

「冗談はよして」

「じゃあ、メシを先にいただこうかな」

「そう、じゃあ先に夕飯にしましょう」

 二人で料理をテーブルに運んで、向かい合って座る。

「なあ、ロエルはさ」

「ん?」

「妹さんと早く一緒に暮らしたいよな」

「……そうね」

「俺、やっぱり、明日、『伝説の薬草』を探しに行くよ」

「……本気で言ってるの?」

 彼の瞳が、本気だと物語っていた。

「そこまでしなくても、魔物を狩って稼げば……」

「でも、稼ぐには、ある程度、時間かかるだろ。早ければ早いほどいいんだから、賭けに出てみた方がいいんじゃないか?」

「……生きて帰れる保証はあるの?」

「保証はない。でも、生きて帰るよ。……ロエルと一緒にいるためだからな」

 そんなことを言いながら笑う彼に、私はなんて声をかけたらいいのかわからなかった。

「……なんで、そこまでしてくれるの? 私達、出会ったばかりでしょう?」

「だから、一目惚れだって、言っただろ」

「ウソ」

 彼は一瞬、視線を逸らした。少しの間、黙って空を見つめていた。

「……ロエル、小さい頃のことって、どこまで覚えてる?」

「え?」

 なんでいきなりそんなことを聞くのか、まるでわからなくて答えに詰まる。

「俺たち、小さい頃に一度、会ってるんだよ」

「……え?」

「まあとにかく、聞いてくれ。ロエルがまだほんの4、5歳くらいだった頃の話さ。ロエルは……まあ多分、親となにかあったんだろ、家を飛び出して、森の中で迷子になってたんだ。そこに、俺は偶然、遭遇して。俺にとって、ロエルは初めて見る生きた人間だった。お互いにまだ幼かったから、ハッキリ覚えちゃいないけど……。その時から俺は、ロエルに惚れてるんだよ。ロエルに会いたくて、家族と縁を切ってまで人間の村の近くまで出てきたくらいにはな」

「そうだったの……」

 あまりの衝撃に、私は言葉を失ってしまった。こんな時、なんて言えばいいんだろうか。

「覚えてないけど、ありがとう。……ファイのこと、私、もっと知りたいわ。もっと知って、もっと好きになりたい」

「へへ、嬉しいね。じゃあ、ロエルのことももっとたくさん教えてくれよ。俺もロエルのこともっと知りたい。知れば知るほど、ロエルのことが好きだって気持ちが増していくんだ」

「……わかったわ。お風呂を済ませたら、たくさん色んなこと話しましょう」

 そうして、食事を終えて、お風呂や着替えなど済ませた。そこで、初めて気づいた問題があった。

「……夫婦って、寝室を同じにするべきかしら?」

 私の言葉に、ファイは答えを迷っているようだった。

「……試しに、一緒に寝てみるか? 一緒に寝るのと、別々の部屋に寝るのと、両方、試してみて、いいと思った方にしようぜ」

「……そうね、そうしましょう。じゃあ、今日は一緒に寝ましょう。で、色んな話をしましょう」

 彼が頷いて、私達は私の寝室へと移動した。そこでまた、問題があることに気づく。

「ベッドが一つしかないわ……」

「俺は床で寝るから、いいよ」

「ダメよ、曲がりなりにも夫婦なんだから、旦那様にだけ負担を強いるわけにはいかないわ。……妹の部屋の妹のベッドを今は使ってないから、それをこっちに持ってきて並べましょう」

「……そうしようか」

 そういうわけで、ベッドを移動してきて、並んで横になった。

 それから、本当に色んな話をした。家族との嫌な思い出や、縁を切った原因の話もあったけれど、これからの生活をどうしていくのか、前向きな話もたくさんした。たくさんの話をしている内に、どちらからともなく寝息を立て始めて、気が付いたら朝を迎えていた。

 朝ごはんや着替えなどを済ませて、テーブルに向かい合って座る。

「……本当に『伝説の薬草』を探しに行くの?」

「ああ。ロエルは、信じて待っててくれ。絶対に無事に帰ってきて、薬草を渡すから」

「……待ってるわ。行ってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」

 笑顔でそう言い残して、彼は森の奥へと歩いていった。

 森の入り口で、私は祈る。彼が無事に、帰ってこられますように。薬草のことなんてもうどうでもよかった。彼が無事に帰ってきてくれることが、私の望みだった。


 彼が「伝説の薬草」を探しに森に入ってから、三日が経過した。彼はまだ戻ってこない。

 彼が今どうしているのか、心配でたまらなくて、探しに森に入りたいけれど、私では魔物を倒すこともなにもできない。彼を信じて待つしか、できることはないのである。

 いつになったら彼は帰ってくるんだろうか。そんなことを思いながら、森の入り口付近をうろついていた時だった。

「ロエル〜!!」

 彼の声だ。紛れもなく彼の声だ。振り向くと、ボロボロの姿で薬草らしきものを手に掴んで、彼はブンブンとこちらに手を振っていた。私は思わず彼に駆け寄る。

「ファイ……!! 貴方、こんな無茶をして……」

 服は破れて、体は傷だらけになっている彼の姿は、とても痛々しかった。

「こんなの、どうってことはない。ほら、コレが『伝説の薬草』だよ。……随分と待たせてしまって、悪かったな」

 そう言って、彼は片方の手で私に薬草を見せた。もう片方の手で、私の体をそっと抱き寄せた。

「……もう、帰ってこないんじゃないかって、心配で……」

 言いながら、私の目に涙が滲んできた。彼は指先で私の涙をそっと拭う。

「心配かけたな。もう大丈夫だから」

 穏やかな声音で、彼は言う。その言葉に安堵して、私は笑みを浮かべる。

「……ファイが帰ってきてくれて、本当によかった。それに、薬草も……本当にありがとう。これで、妹の病気は治るし、三人で一緒に暮らしていけるわ」

「おう。……そういえば、妹さんの名前すら聞いていなかったな」

「あら、そういえばそうだわ。妹は、キリエというの。よろしくね」

「キリエか。会うのが楽しみだな」

「……ふふ、とりあえず、今日はもう帰って、明日、キリエを迎えに行きましょう。今日は腕によりをかけてごちそうを用意するわね」

「ああ、ロエルの料理が食べられるのが楽しみだよ! この三日、食事jも大変だったからな……。ありがとう、ロエル」

「ありがとうはこっちのセリフだわ。本当にありがとう、ファイ」

 そう言って私が笑うと、彼も笑った。家までの道中でも、たくさん会話をした。家に帰ってからも、色んな話をした。

「そういえば、寝室は結局どうする?」

 私が問うと、彼は悩む様子を見せながら口を開いた。

「とりあえず今日は、別々にしてみるか? 明日、キリエも一緒に、色々と考えよう」

「そうね。これから、三人で暮らしていくんだから、そうしましょうか。じゃあ、とりあえずベッドはキリエの部屋に移動させるわね。……あら? 三人で暮らしていくなら、部屋が足りないかもしれないわね? この家にあいてる部屋なんてないから……」

「そうなのか。……じゃあ、俺達、夫婦の寝室は一緒にするか? ベッドは買わなくちゃいけないな」

「そうね。そうしましょう。……じゃあ、ベッドは移動させないまま、今日は、キリエのベッドを借りて寝ましょうか」

「そうしよう。……じゃあ、おやすみ」

「ええ、疲れたでしょうから、早く寝て、元気になってね。おやすみなさい」

 こうして、私の部屋で妹のベッドを借りて並んで寝た。

 そして、朝になり、朝食や着替えなど済ませて、二人で向かい合ってテーブルに座った。

「さて、この『伝説の薬草』だが……。問題は、こんなものを村に持ち込んだら、騒ぎになるかもしれないことだよな」

「それは……多分、心配いらないわ。村八分にされてる私達を、それでも看病してくださってるお医者様だもの。口は固い人のはずよ」

「そうか。……なら、行くか」

「ええ、行きましょう、キリエを迎えに」

 そして、妹が入院している病院へと二人で赴いた。薬草のことは騒ぎにならないようにしながら、処置してもらった。

 念のため検査をして、明日には退院できるだろうとのことだった。妹には、彼とのことを色々と聞かれた。薬草のことも。聞かれたことにはすべて答えて、納得してもらった。

 妹はもうすっかり元気になった様子だった。とても、とても嬉しかった。それもすべて彼のおかげだ。

「……改めてありがとうね、ファイ」

「当然のことをしただけだよ、ロエル。ところで、これから三人で暮らしていくための家具や食器を買っていかないか?」

「そうね、そうしましょうか。……改めてこれから、夫婦としてよろしくね、ファイ」

「こちらこそだ、ロエル。……結婚式はいつにする?」

「キリエが退院してから、家の庭ででもしましょう。……村の教会なんて、使えないからね。庭でなんて、しょぼい結婚式は嫌かもしれないけど……」

「いや、ロエルがいて、キリエがいて、結婚式という形式をできれば充分だ。場所なんて関係ない。気にしなくていいよ」

「……ありがとう。私も、ファイとキリエがいてくれたら、他になにもいらないわ」

「そうか。……そう言ってもらえて、嬉しいよ」

 笑みを浮かべながら言う彼の姿が、とても愛おしく感じられた。

 それから、家具や食器を買って帰って、夕飯やお風呂を済ませて、二人で寝室へ来た。

「……なあ、ロエル」

「なに?」

「……なんでもない」

「ええー? なによー」

「……ただ、ロエルが隣にいてくれて、幸せだなって思っただけだよ」

「……私も、ファイがいてくれて、幸せよ。……ねぇ」

「なんだ?」

「今日は、一緒のベッドで寝てもいい?」

「……いいけど、狭いぞ?」

「いいの。それがいいの」

「……ロエルがそう言うなら、ほら」

 そう言って、彼は布団を捲りあげて私を誘う。私は誘われるまま彼の腕の中におさまった。

「おやすみなさい、ファイ」

「おやすみ、ロエル」

 彼が寝息を立てるのを見て、私も眠りについた。彼の腕の中は、とても温かかった。


 翌日。キリエが、家に戻ってきた。

 約束通り、家の庭で、私達は結婚式を挙げた。

 神父もいないし、私と彼と妹しかいない、寂しい式だったけれど、私はとても幸せで満たされていた。

「ドレス姿、キレイだよ」

「ありがとう。ファイは、タキシード似合わないわね」

「はは、俺には、戦いやすい服装の方が合ってるよ」

「姉さん、……ファイさん、結婚おめでとう」

「ありがとう、キリエ」

 彼と私、ほぼ同時にキリエへのお礼を口にした。

「二人とも、本当に幸せそう」

「そうかな? まあ、実際、幸せだからな」

「ふふ、そうね」

 これからの三人での人生が、輝きと幸せに満ちているように思えた。幸せな私達の日々が、ここから始まる。

 神様に感謝、なんて思っちゃうくらい、幸せで満ち足りていた。


〈了〉

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