がん発覚
この物語は、遠い過去、あるいは遠い未来のどこかの銀河が舞台になっている。
僕は一応、そういう断りを入れておくべきだと思っている。
僕は彼女と出会うまで、実にパッとしない人生を送ってきた。
化学メーカーの研究所に就職して、普通に仕事して、人並みの収入を得てきた。
ただし、大量の薬品を扱う関係で、半年に一度、健康診断が欠かせない。
そう、彼女と出会うきっかけは、あの忌まわしい健康診断だったのだ。
あれは確か、僕が28歳の冬の健康診断の時だった。
レントゲン写真を撮った時、肺の内側のあたりに不吉な黒い影が見つかったのだ。
すぐに精密検査を受けてくれ、と放射線技師に言われた。
そう言えば最近、胸が苦しくてせき込むことが増えてきたのだが、ただの風邪だろうくらいに考えていた。仕事でアセトンみたいな溶媒をよく使うが、対策は十分やってる。タバコの類は一切やらない。酒はたしなむ程度。運動もそこそこやってる。
どこも悪いところなんかない。そう信じたかった。
市の中央病院で精密検査を受けると、がんですね、と言われた。
「若いのに、お気の毒ですねえ」と老医師は言った。
「いやいや、がんって、僕もうすぐ死ぬんですか?」
こんなにピンピンしているのに、それはないだろう、と反論したかった。
「いいですか、落ち着いて聞いてください」と彼は窘めるように言った。
「このまま放置した場合、二年ともたないでしょう。大がかりな外科手術が必要です。今すぐ仕事は休みなさい。あなたのお腹の中で、悪性腫瘍が成長しているんです。ブラックジャックって漫画知ってますか?」
「ええ、有名な漫画ですから、そりゃあ」
「あの漫画にピノコって女の子が出てくるでしょう?」
なんだか胸がざわつくような、嫌な予感がしてきた。ピノコって確か、腫瘍の中に、バラバラの人間のパーツが入っていて、一八年かけて成長したキャラクターだ。漫画の中では、ブラックジャック医師が身体をつなぎ合わせて人間の女の子の姿にしていたが。
「あなたの胸、いやお腹と言うべきかな」
彼は言葉を慎重に選びながら言った。
「ピノコみたいな腫瘍が急成長しているんですよ。ご想像の通り、髪とか皮膚とか目玉とか、そういう人間の出来損ないが詰まっています。非常に危険な状態です。まずは放射線治療を受けて頂き、それから外科手術を計画しましょう」
「わかりました」と僕は声を絞り出した。「それで助かる見込みはどれくらいありますか?」
「ケースバイケースですが」と彼は前置きして言った。「非常に厳しい確率と言わざるを得ません。しかし我々もベストを尽くします。どうか自暴自棄にならず、我々の治療を信じてほしい。結構ね、多いんですよ。がんが発覚して自暴自棄になる方がね」
僕はちょっとした興味で、妊娠検査薬を使ってみた。まさかな、と思っていたが、そのまさかで陽性が出た。僕は何かとんでもない化け物の母親になってしまったらしい。最悪の気分だった。