作戦中止
大和突撃時の編成は以下の様なものであった。第二艦隊司令長官伊藤整一中将、旗艦戦艦大和及び第二水雷戦隊9隻、第二水雷戦隊司令官古村啓蔵少将、大和5代目艦長有賀幸作大佐、旗艦巡洋艦矢矧、第17駆逐隊礎風、浜月、雪風、第41駆逐隊冬月、涼月、第21駆逐隊朝霜、霞、初霜。となっていた。
大和の戦線復帰が不可能であると判断した伊藤整一中将は、「大和らによる沖縄水上特攻」所謂天一号作戦の中止を決定。総員に対し即座に退艦命令を出した。この判断が無ければ、恐らく生存者はいなかっただろう。
だが、本当の地獄はここからだった。一刻も早く大和と言う巨大な鉄の塊から離れなければ確実に死ぬ。命がいくつあっても足りねぇ。大和が爆発する前に浸水の恐怖も襲ってきた。いくら屈強な海軍兵士でも、水死なんざみっともねぇ。死に方は色々あるが水死程辛いものはねぇ。
しかも、ここは鹿児島沖であり、死すれば恐らく骨は大和と共にする。墓に入れられて供養される事もねぇだろう。それらを避ける為に必死でカッターを漕いだ。仲間の救助ボートまで、カッターで辿り着くしかない。あれこれと考えが巡って来るが、そんな迷いも振り切って、生きる為には恥をも覚悟も捨てる"勇気"が、必要であった。




