ギンバイ長
沖山和人が戦艦大和に異動を命じられたのは、日本軍が劣勢となり始めた昭和18年春、入隊して半年後の事であった。
戦艦大和において、沖山は比較的若い部類の人間であったが、彼は下士官達から可愛がられる。特に村沢透曹長から特に可愛がられた。村沢は兵隊や下士官の中でもギンバイ上手と言われ、大和のギンバイ長は村沢をおいて他にはいないだろうと、言わしめた逸材である。
ちなみにギンバイとは、食糧等を無断で盗む行為の隠語であり、ギンバイ長とはさしずめ物取り名人と言うもので、あまり誉められたものではないだろう。
沖山も何度かギンバイをさせられた事があり、ヒヤヒヤしながら大和の御馳走にありついた経験がある。村沢はギンバイ長と言われるだけあって、盗って来るもののランクも他の人間とは一線を画していた。牛肉にビール等とびきりの御馳走をギンバイして来るのは、村沢だけであった。
勿論、バレれば相当の代償を支払わされる事となる。ただでさえ、制裁の多い海軍にあって、ギンバイと言う違反行為は見つかればタダでは済まない。それでもギンバイ長である村沢にとってその辺りは抜かり無い。兵隊の警備状況や、配置に至るまで全てを頭にインプットしており、最短省エネルートでギンバイを成功させる為、万が一にもばれる事はなかった。
更にギンバイする者達が賢いのは、決して多くの物を盗らないと言う事である。一度に多くの物を盗ってしまうと、たちどころにバレる。だから欲張らず少なくても我慢して、気付かない程度に盗る。それがギンバイを成功させる鉄則であった。




