艦内旅行
大和には、巨大戦艦らしい面白い習慣があった。それは艦内旅行と呼ばれたものである。艦内旅行とは、分隊毎の艦内見学の事であり、分隊長以上の階級の者がいる士官室は大舷に。海軍兵学校出の中尉や少尉、少尉候補生はガンルーム(第一士官次室)に。特務士官(兵隊あがりの中尉や少尉)のいる第二士官次室は、反対舷に。と言う様に決まりがあったと言う。
また、大和には酒保(海軍用語で売店の事)と呼ばれる場所や散髪室、洗濯室、ラムネ製造場(銀座通り)等があり、2500人の乗員が長期間航海に出ても、困らないような環境が整えられていた。大和乗組員は、ほぼ全員が配置を固定され、自分の担当以外の場所に行く事はほぼ無かったが、それでも艦内の何処に何があるかをしる事は、重要な事であった。
戦闘中にもし仮に、自分のいる現在地が何処か分からなくなってしまったとしたら、それだけで命取りになってしまう。艦内旅行にはそれを防ぐそれなりの意味があった。特に艦内旅行の対象者はそのほとんどが、少尉以上の若手士官がメインだった。逆に下士官や兵と言った階級の低い者には、艦内旅行は行われなかった。
と言う事は、大和の何処に何があるかをきちんと把握しなければならないのは、幹部クラスだけで良いと海軍は判断したのだろう。大和は史上稀に見る巨大戦艦であった為、この様な一風変わった習慣があったのである。だが、艦内をきちんと把握する事は、船乗りの務めでもある。いくら大和が巨大だったとは言え、そんなことは理由にならない。いつ何時大和に危機が及ぶかも分からない、戦時中であったのだから。




