悪臭放つ大地 2
辺りを見回し警戒していたウーノンがマルティンに向かって声をかける。
「マルティン、向こうにも人が居るぞ?」
振り返り彼が指さすその方向に皆が一斉に視線を向けた。
ベニユキたちと同じ服装の男女が3名ほど、白い銃を手に駆け出し施設を抜け出そうとしている。
施設の外は枯れ木が並ぶ茶色い森で木々は葉をつけていないが生えている密度が濃く、一度森の中へと逃げこんだら見つけられそうにはないほどに薄暗い。
彼らを見て皆思い思いに呟いた。
「あの人たちは地下にはいかないんですね」
「逃げ出す、感じかな? 私も逃げたいけど記憶ないままは嫌なんだよね……」
「止める理由もないし彼らの自由にさせておこう。もちろんボクも皆を止める気はないから、逃げたかったら今逃げてもらうと助かる」
「ああ、協力して地下を探索するからな。ついてくるだけでいざという時、戦わず逃げられるのは非常に困るもんな」
自分のことだと勝手に解釈したエレオノーラは一人激しく首を縦に振った。
「私は頑張り、ます……」
この場で誰も逃げないことを確認するとマルティンはまた歩き出し皆その後に続く。
いつの間にか建物の前に立っていた者らは奥へと入っていったようで消えていた。
「ベニユキ君、意外と僕と気が合う?」
「かもな」
「この施設の外は森と山に囲まれている、どうやら郊外みたいだね」
「大都市の真ん中だったら今頃ドンパチ始まってこっちは負けてるだろ。記憶もなく暴力沙汰とは無関係のような人間の集まりだぞ」
「確かに。射撃の練習とかしておかないと、いざ戦闘になったとき当てられないか」
「そうだな、動かない的にすら当たるかどうかわからないってのに」
「試しに撃ってみる?」
「音でばれるかもしれないだろ、その時が来るまで撃たない方がいい気がする。もう何もかも手遅れだ。隠れるところも多そうだし、慎重に進んでいこう」
戦闘の音も聞こえることもないまま気が付けば建物の目の前。
車両の中を見てマルティンが声を上げた。
「あ、しまった」
「どうした?」
「先に言った連中、ここで少し止まってた。ここの場所調べてるだけかと思ったけど、この車両の装備持って行ってる」
「ああ、それは思いつかなかった。そうかこの銃よりは間違いなく強力だもんな」
テンメイが手を伸ばし車内に張られていた紙を取る。
マルティンは他の車両をウーノンとみて行き、ベニユキが手にした紙を読むテンメイに話しかける。
「文字を見るにここは、欧米の方らしいね。地図があった。残念だけどこのあたり、建物の周囲だけで中の地図はないや」
「どの辺だかわかるか?」
「手書きで詳しい場所はわからないけど、国旗とか奥に散らばってる写真の景色とかで何となく。文字のほとんどは殴り書きで読めたもんじゃない」
「ここにこの車を乗り捨てて言った理由はわかるか?」
「いや、この場所が合流地点としか」
「そうか、でもおおよその場所はわかったな。誰か英語喋れるか?」
「私は喋れるのは中国語だけ」
「え、何言ってんだ?」
首をかしげて二人が固まる。
「今喋ってるこれ中国語じゃないの?」
「何言ってる、日本語だろ。他の国の言葉はここまですらすらとしゃべれん」
「わたし、ずっとフランス語かと。皆さんすごく流暢で、記憶ないけどもしかしたら同じ会社で働いていたのかなって」
「つまりどういうこと?」
「わからない、あのAIが何かしたのか」
「言葉の壁がないのはいいことだと思います。ちゃんと話し合って分かり合えるから」
両手には何も持たず戻ってきたマルティンとウーノン。
「役立ちそうなものは何もかもとられた後だった、困ったね」
「……先に言ったやつらが敵をすべて片を付けてくれることを祈ろう」
「ここにいても熱いだけだし、それじゃぁ中に入ろうか」
再度5人は武器を構え建物の中に入る。
エレオノーラは一人だけ建物の前で立ち止まり来た道を振り返った。
「どうしたの?」
「いいえなんでもないです、気のせいです。なんか背筋がぞわっとして」
「薄気味悪い物ね」
「ええ……」
放置された建物でも電気は通っているようで、壁につけられた蛍光灯が時折瞬いているものもあるが点灯している。
屋内、日陰にもかかわらず外と変わらず蒸し暑く、長い間扉は開かれたまま放置されていたようで入り口付近には砂が降り積もっている。
そこに残されたベニユキたちより先に行ったものたちの残した真新しい足跡と、それ以外の何者かの古い足跡。
「屋内も暑いな、ゴミも多くて歩きずらい。転ぶと危ないからなるべく避けて。踏まない方がいい」
「ベニユキさん、なんか変な感じです。チクチクする感じの嫌な感じ」
「臭いも強くなったな。鼻で息をするのが苦しいくらいだ」
「そうじゃないんですけど確かに痛いです、鼻がばかになる」
大型のショッピングモールのような作りで、だだっ広い建物の中には燃える燃えないにかかわらず大量のゴミが散らばっていた。
「散らかり放題だけど、ここゴミ箱無いのそれとも常識がないの?」
「……広い建物だな、商業施設にも見えるが」
建物の設備や資材を使ってバリケードのようなものも通路に組みあがっており壊れた部分から奥へと進むと、吹き抜けとなって下の階を見下ろせるホールにたどり着く。
誰もいない無人の屋内でただ一つエスカレーターだけが動いている。
「エスカレーターが動いているな。あれだけが動いてて不気味だ」
「砂もそこまでは入り込んでないみたいだね」
何の建物なのかわからないが進んでいるとエレベーターホールへとたどり着き5人はそこで一度立ち止まる。
「このエレベーター動いているみたいだ。階段を探すかこれで一気に下まで降りるか、みんなどうする?」
「どうだろう、どっちも怖いな。反対して一人でいても危険だろうし一蓮托生だろうな」
「……楽を取るか、安全を取るか、か」
「階段がいいです、戦うかもなので狭いところは逃げ場がなくなる」
「わ、私も階段が何となくいいと思います!」
誰もエレベーターを呼ぶボタンを押そうとはせず答えを聞いてマルティンは決める。