明けの明星 2
足を汚すことなく空中に浮かぶウリを追いかけ、足元のぬめりに気を付けながら歩いていると違和感に気がつく。
「床のぬるぬる、だんだんと渇いていってませんか?」
「本当だところどころ渇いて行ってる。蒸発しているの?」
泥に足を取られテンメイが近くにいたウーノンにしがみつき転倒、滑った勢いでウーノンがマルティンの足を引っかけ近くにいたルナとベニユキを巻き込んで転んだものの、黒いぬめりは数分と立たず蒸発し消えた。
お互いに支え合い滑らないように慎重にゆっくりと歩いていたベニユキたちは、床が乾きすぐに普通に歩けるようになりまた少しずつ走り出す。
「聞こえてくる銃声の音が減ってきた」
「この世界の技術より高度な機械の怪物もいるんだろ? そいつらも手も足も出ないのなら地上に出したら本当にまずいな」
起動時の微細な揺れとは違い明確に、ベニユキたちが立っていられないほど施設が大きく揺れた。
そして施設内が唸り声のような大きな音を発する。
「施設がまた動き出したのか、さっきより揺れが大きいぞ!? これこのまま動き出したら、他の世界に移動するのか? 施設に穴が開いてるが俺らは大丈夫なのか?」
「地下にいる限り転移はできないから地上に上がる。もちろん破損した施設がまともに転移できるわけもなく、施設の機能に必要なもの以外は切り離していくだろうね。意外と外に出るために施設を切り取ってる最中かも」
「今ここが切り離されたら俺らはここごと地下に埋められるのか?」
「ここで切り離すと本体に木津が入るかもだから、どっかその辺に吐き出されると思うよ。箱舟の改築の時いらない箇所はエレベーターと同じ力で別の場所に」
説明の途中でウリが通路の奥を見る。
奥の部屋を照らしているらしき白い光のほかに、揺らめく赤と銃撃音より大きく重い音が響いてきた。
「ヨヤミも機械もこの振動にお構いなしか。……向こうがどうなっているか少し見てくる、そこで待ってて。待機」
宙に浮き走る速度よりも早く移動できるウリが、施設の揺れで進むどころか立ち上がることもできないベニユキたちを置いて一人先行してヨヤミを探しに行く。
彼女の背を追ってベニユキ達は何とか立ち上がり壁に手をついて進みだす。
「一人で行っちゃった!」
「ミカと違って自由だな、くそ、置いて行かれたら脱出時に外につながる道がわからなくなる。ちゃんとした入り口から入ってきたわけじゃないから」
聞こえていた音楽は戦闘で破壊されたのか聞こえなくなっておりウリは一人でどんどん進んでいく。
大量の薬きょうが転がる眩い光の大部屋では、川原に転がる角が少ない丸みのある大岩のような灰色の迷彩柄の巨大なロボットが四本の腕をヨヤミの殻へと叩き付けていた。
殴られても殻は大きな火花を散らすもヒビの一つはいらず、揺らされる体を嫌がるように体をひねりロボットの方へと体を向けようとしていたが、ロボットは常に背後に回るように移動し殻を殴り続けている。
「私らより劣等品のガラクタの癖に、ちゃんと学習するんだ」
ウリはそう一人小さく呟くと床に足をつけ羽を広げて両手を前に出す。
ヨヤミとの戦闘でウリにまで注意を裂けないロボットの体の真ん中を白い光が貫く。
「お休み」
金属の甲羅をゆっくりと溶解し、黒煙と火花を散らし動きが悪くなったロボット。
ヨヤミが抵抗するそのぎこちない動き事飲み込んだ。
「だいぶ大きくなったな、超新星。でも時期にお前も壊すから」
怪物を一匹のみ込むごとに大きくなっていくヨヤミ。
ごく短時間でその大きさは倍ほどまでに大きくなり、体の内側に光っていた星のような点が大きくなりその輝きが強くなる。
「彼らじゃ、討伐が間に合わなさそうだ」
天井にはめ込まれた様々な光点を持つモノリス。
部屋を照らす眩い光はそのモノリスから発せられており、そのモノリスの周囲から地面へと向かって白い冷気を発した。
周囲の気温が一気に下がり周囲の水分を凍結させ床やヨヤミの殻に霜が付く。
しかしヨヤミは凍結せず、白い息を吐きウリは天井に手を向ける。
「とりあえずビーナスは落とす!」
周囲の空間から施設内の電力を集め、もう一度光を束にして放出して天井のモノリスを貫く。
一点だけの攻撃だったがモノリスは粉々に砕け、割れた破片がウリとヨヤミに降り注ぎ施設の揺れが小さくなっていく。
破壊と同時に部屋全体の気温がさらに下がりはじめ白い冷気がウリを包むように集まってくる。
「やられた、機会の冷却ガスじゃない、これ自体が……怪物か。体温を奪われた身体が動かない……」
天井から降り注いでいた眩い光が消え、施設全体が軋みを上げる。
「でも施設は停止した、ビーナスの破壊を確認。機能も停止中、私たちの存在があったとしてこの先がどうなるかわからない」
砕けた破片が粘液の付着し黒いゴマダンゴみたいになったヨヤミが体を捻じりウリを見た。
「ディーバは消滅、ビーナスは壊した。テロリストとこいつ、あとはミカに任せるかな」
まとわりつく白い煙と同じ色の白い息を吐きながら、両腕を今度はヨヤミへと向け残った力を振り絞る。
そして目の前を大きく広がっていく闇に向けて光の束を放った。
――指揮をするのも戦うのも、私には荷が重かったな。補助が使命だったんだもん。
ベニユキたちが追い付く頃には既にウリの姿はなく黒い幕を体の中へと引き戻しているヨヤミの姿だけ。
「今さっき光がちかちかと光っていたが、どうなった?」
「怪物はヨヤミしかいない、振動も止まった破壊したのかビーナスを?」
次なる獲物を求めてヨヤミがベニユキたちの方へと進みだす。
先に行ったウリとの合流をしようとしたが彼女はおらず、ベニユキたちは部屋の隅々まで見るが薬莢と黒い欠片が散らばる部屋の中にヨヤミ以外の動くものを見つけられなかった。