天を目指す植物群 1
小さな窓から差し込む発光パネルの柔らかな白い光に当てられ睡眠カプセルの中で目を覚ますベニユキ。
睡眠カプセルの効果か痛みや疲れなどはなくベニユキは大きく伸びをするが、不意に昨日のことを思い出し気分が悪くなる。
「……ここか、夢じゃないんだな」
上着は脱いだもののシャツなどの衣服を身に着けて眠ったはずだったが、目を覚ませば再び一糸まとわぬ姿。
そんなことよりも箱舟と呼ばれる施設内にいることにベニユキはぽつりと呟く。
「……夢ならどれだけよかったか」
起き上がり睡眠カプセルから出て着替えに向かう。
昨日と全く同じように折りたたまれたジャケットやズボンなどが置いてある。
ふと服の置いてあったクローゼットの扉の裏についていた鏡へと目を向けた。
前に目覚めたときと変わらない顔、銃弾をかすったときの傷跡がなくなっていてベニユキは傷があったはずの場所を撫でた。
ベニユキを含め7名しか残っていないと思われた発光パネルが照らす箱舟内は、部屋を出るとマルティンやグリフィンたち以外にも大勢いて同じ方向に向かって歩いていく。
まるで最初に目を覚ました時と同じような光景にベニユキは驚きつつも、他の人と同じようにエレベーターのある礼拝堂へと向かおうと部屋を出る。
群衆の中にグリフィンたちの姿を見つけあいさつに向かおうと、そこでベニユキの肩を叩かれ振り返った。
「あの、私が誰かわかりませんか?」
そこに立っていたのは茶色の目と茶色い髪の女性。
不運にも味方に撃たれて命を落としたエレオノーラの姿があった。
「え、エレオノーラ!?」
ベニユキの大声にマルティンたち何人かが振り返り、彼女を見て驚いた表情を浮かべよってくる。
「そんな、どうして」
「私を知っているんですか!? ……エレオノーラ、私は誰なんですか、ここはどこですか?」
「ポケットに名札が入っていなかったか?」
「あ、ありました。私の名前、思い出せない」
ネームプレートをつけるとベニユキが上げた大声でエレオノーラに気が付いたもみあげが白髪のテンメイと赤毛で細目のマルティンがやってきた。
「あなた昨日……、うんん、無事でよかった」
「エレオノーラ、嫌な夢を見ていたようだ。なんであれよかったよ」
テンメイはエレオノーラに抱き着くが彼女は困った表情のまま固まっている。
「あの……皆さんは誰なんですか?」
「何言ってるのエレオノーラ。ほら昨日あなた……」
死んだとは言えずそこで口ごもるテンメイ。
そこでテンメイはエレオノーラが困っていることを知り彼女から離れた。
「ごめんなさい、なにも思い出せないんです……」
「とりあえずあの場所に行くか、あのホログラムの女が説明してくれるだろ」
自分の記憶にない人に囲まれ必死に思い出そうとするもなにも思い出すことができず、戸惑うエレオノーラを連れて礼拝堂へと向かって歩き出す。
マルティンがテンメイに尋ねた。
「ところでテンメイ、体は大丈夫かい?」
「なんか調子がいい。昨日は吹っ飛ばされて体中あちこち痛かったけど、今はどこも痛くない。昨日は体痛くて確認してないけど痣とかも擦り傷とかもないの、あのカプセルのおかげなのかな?」
「怪我は一日で治るものではないと思ったんだけど、変わったことをさせる組織。まだ僕らの知らない技術を持っているのかもね」
「うん、まぁ、またあの地獄に行かないといけないと思うと、怪我は治らない方がいいんだけど」
「そうだね。心は重いけど、それとは反比例するように体の調子はすごくいいからね」
「そういえば記憶は? マルティンは何か思い出した?」
「なんとも……ここじゃない場所で誰かと一緒に過ごしていた記憶。そう、あと年齢か、僕はもっと歳を取っていた」
「私もなんかここじゃない場所で誰かと一緒にいる記憶を夢で見た。あれはただの夢とかじゃなくてたぶんここに来る前の記憶とかだったと思う」
先に礼拝堂に来ていたウーノンと合流し、マルティンたちは長椅子に座りミカが現れるのを待つ。
ベニユキは別のところで座っているグリフィンを中心に集まるテオ、アイン、キュリルのもとへと向かった。
ベニユキの接近に気が付いたグリフィンが手を挙げてあいさつする。
「おはよう、ベニユキ君。よく眠れたようだな」
「ああ、疲れていたのか横になってカプセルのふたが閉まったらすぐに寝堕ちたようだ」
「我々もだ、今その話をしていた。ところで君は何か思い出したかね?」
「とりあえずはこんな場所にいなかったってのと、記憶の中の俺と歳が少し違うってことぐらいだな。交友関係やどうしてここにいるのかは相変わらずわからない」
「歳な、君はどのくらいの年齢が最後にある記憶なのかな?」
「そういえば、猫に齧られた時の古傷も消えていたな」
「俺は還暦を迎えた記憶がある、武器の扱いも経験があった」
「若返ったとでもいうのか?」
「おそらくはそうだろう。どういう技術かわからないが、ここにいる何名かも若返っている」
「そうなのか」
グリフィンが周囲を見渡す。
「それと気が付いたと思うが、昨日死んだはずの人間がよみがえっている」
「ああ、エレオノーラと出会ったよ。どういうことなんだ」
「こちらも昨日指示を誤ったせいで死んでしまったメンバーと出会ったよ。記憶を失っているようで、変に警戒されてしまったが」
二人が話していると広間に最後に双子のようなよく似た二人が部屋に入ってくる。
そのタイミングで自動で扉が閉まり室内が少し薄暗くなっていき、席に着くようにアナウンスが流れた。
ほどなくして施設内が暗くなっていきエレベーターのある舞台の上に光が集まっていき現れる銀髪女性のホログラム。
『皆様おはようございます。当施設の名は、並行世界潜航亜空間活動拠点長期居住船箱舟天使3号です。私の名前は当箱舟を管理するAIのミカといいます。すでに知っている方もおりますが、これから皆さんは私に協力して働いてもらいたいのです』
そう言って彼女は昨日と同じように説明を始めた。