鉄と熱と蒸気 8
ベニユキは傷ついたアンバーのもとへと歩み寄った。
「なんであんな無謀なことをしたんだ?」
「こっちへと筒を担いで向かってくるグリフィンの姿が見えたから、ばれないように気を引こうと思ってね。まさか私ごと吹っ飛ばす気でいるとは思わなかったけれどもねぇ」
砲弾が飛んできてグリフィンたちが持ってきた箱のそばに落ちる。
慌ててテオとギルベルトが箱の無事を確認しに向かいグリフィンが尋ねた。
「ここで長話をしている場合でもないな。持ち帰るものは無事か?」
「ああ、危なかった。早く行こう」
吹き飛ばされ転んだ拍子に怪我を負い、額から血を流すネシェルがギッと睨むがグリフィンは気にせず歩き出す。
そして、山道へと入る。
木々のざわめきの中、銃声と爆音が遠くから聞こえてきていた。
「先に戻らせていたアインたちか、俺らも早く合流して加勢しないとな」
「あっちにはガーネットがいるんだ、速く戻らないと」
「エレオノーラたちが心配だ、もう少し急げないか?」
「なら誰か持つのを手伝ってくれよ。重いんだから」
「つっても、グリフィン以外はみんな怪我人になったな。キュリル、大丈夫か?」
「両腕を怪我して何もできないで申し訳ないっす」
「私も武器を捨てたから何もできない、体が痛むから箱も持たない」
プロペラ音が聞こえ頭上を銀色の巨影が複数通り過ぎていく。
今までと同じように鉄塊をばら撒くが落下物は木々に当たり防がれる反面、木々をへし折り倒木がベニユキたちの進路を塞ぐとネシェルが剣を持って前に出る。
「倒木は私が切り刻む」
「任せるよキュリル君」
木々の合間から町の方向に見える飛行船。
五隻飛んでいたその一隻の飛行船が隊列を離れた。
ロケット弾で攻撃を受け黒煙を上げるその一隻が、徐々に高度を落としベニユキたちへと向かってくる。
「あれ、こっちに来ているぞ。俺たちにぶつける気か!?」
「避けるか、木々の中へと隠れれば」
「止まらないで進んで! もっと早く!」
戦っていたアンバーとキュリルが箱を支え四人で箱を運ぶ。
グリフィンはロケット砲を構え向かってくる飛行船、その側面に剥き出しになっているプロペラへと打ち込む。
爆発、複数あるうちの一つを破損すると巨大で無機質な空飛ぶ魚はわずかに向きが変わり墜落する。
直前で向きが変わったことで船体は墜落時、ベニユキたちの道のほんのわずか横を通り過ぎて行きその風圧で全員が地面に伏し破壊的な災害が通り過ぎるのを待つ。
地面を抉り木々をなぎ倒し拉げ軋む轟音を立て、残りの方向転換用、推進用のプロペラが重々しく巨大な昆虫の羽音のような音を立てて通り過ぎていく。
「グリフィンの機転のおかげでなんとかなったか。皆、生きているか」
「記憶はないが何度か死んでいるねぇ」
「命の危険で、わりかしハイになっているアンバー以外はどうだ?」
土煙でむせ込みせき込むながら立ち上がる。
箱も無事で死亡者もいないのを確認すると頭についた木の葉や枝をはたき落としながらグリフィンは街へと向かって歩き出す。
「さて倒れている間にだいぶ見通しが良くなったな」
振り返ればバラバラになった船体があちこちで火を噴いている。
火の手が山に移らないうちに町へと戻ってきてエレオノーラたちを探す。
苔むしていた町並みはボロボロに壊され、いたるところに空から落とされたと思われるトゲトゲした鉄塊が落ちている。
「すごいな、どれだけ落とされたんだここ。町並みが一変しているぞ」
「車のタイヤをパンクさせるものだろうけど、空から金属の塊を落とすってのは凶器だよね」
箱を持つテオと辺りを警戒するキュリルが軽く話をする。
「実際そのように使っているからねぇ。この大きさならいくつか踏ませれば戦車の履帯も壊せるかもねぇ」
「あの脚付きの戦車は石畳を剥がして蹴っていたから。もしかしたら巻いたこれらを踏まないように除ける機能なのかもな」
「槍と言い単純な加工で作れる武器を使う。その分ジャンジャカ出てくるあの兵隊の増産にお金を回せたのかもねぇ。まぁいくら考察しても、もう帰る私らには関係ないからねぇ」
「エレオノーラたちはどこだ。箱舟の入口に向かってみるか?」
箱舟の入口のあった場所へと向かい通りの交差点の角を曲がると、銃を持ち壊れた建物の壁に寄り掛かって座るエレオノーラの姿を見つける。
彼女はアインが持っていた黒い機関銃を持っていた。
「ぁ、ベニユキさん……」
土を被ったのか傷んだ髪と汚れた服で声も枯れ掠れた声に一瞬、彼女と判別が出来ずに立ち止まったがまた歩みだす。
「エレオノーラ他に誰かいないのか」
「ガーネットはどこだい?」
「あぁ……、その……」
力が入らないのか銃が重いのか壁に手をつきながら立ち上がるエレオノーラは、自身が寄り掛かっていた建物の中へと案内する。
上着を脱がせ顔を隠し寝かされ残っているものは手を胸の上に組ませている体に大きな損傷を追った数名の姿をみてエレオノーラが何を伝えたいかを察し、アンバーは息を荒げ顔から血の気を引かせた。
「箱を持ってさっさと箱舟に帰ろう」
「私はここに置いて行ってくれないかい? 耐えられない……」
「駄目だ連れていく、皆で帰るんだ」
「ガーネットは帰れない……明日になればまた会えるといってもこの記憶は辛いんだ。心が押しつぶされそうで、とても、苦しくて……」
声とともに感情があふれ出てきて駄々をこね始めるを彼女を強引に建物の中から引っ張り出す。
「人数が足りないが残りのやつらは……どうした」
「たてものの、した……か、ひろい、あつめる、じかんがなかった、です」
グリフィンとホルテンも建物の中を確認しもの悲しげな表情を浮かべ外へと出ていく。
自身の怪我をも忘れベニユキは宙を見上げ涙を流す自暴自棄のアンバーと心の擦り切れた虚ろな目をしたエレオノーラの手を引きエレベーターを目指した。
時たまセリフがひらがなになっている場合がありますが、
上手く頭が働いていないか働かせていないという表現のつもりです。