山口君は内緒の子
「ほら、いいから来い。頭が濡れたままだと風邪を引くだろう。」
僕のせいでどよーんとした麻子は、それでも素直にのそのそと動き、良純和尚が示したところに正座座りをした。
「足を崩せ。それで、一緒に箱根に行くケダモノとの待ち合わせで相模原まで行くけどな、そこの署に山口がいるんだよ。」
「え?」
麻子はぴょんと頭を上げて、幼稚園児のように従順に良純和尚のされるがままに落ち着いた。
麻子が反応した山口淳平とは、相模原東署の特対課に所属する二十八歳の巡査長である。
彼は橋場家を襲った不幸の際に、善之助と麻子を助けに橋場家に乗り込んだ事があるので、麻子とは顔見知りなのである。
良純和尚と同じくらいの長身で、ひょろりとした佇まいの彼は、いつもはスマイルマークのような表情を顔に貼り付けてその他大勢に埋没している。
だが、プライベートに微笑みだすと、彼の整った顔立ちと猫のように透明感がある不思議な瞳が輝きだして、まるで王子様のようなキラキラとした風貌となるのだ。
元公安という経歴が、普段は彼が地味に見える様に振舞わせているのだろう。
本当は恐ろしい男、なんて素敵だ。
反対に良純和尚は彫刻のように完璧で、その貴族的な外見を隠す事はない。
切れ長で完璧な奥二重の目の奥で金色の瞳が輝く様は、その見事な声と相まって人を惑わす魔王の様でもある。
本人は色素の薄い茶色の瞳が日中の光で痛みを持つと、あまり、どころか全く気に入っておらず、外では直ぐに愛用の丸型の黒メガネで隠してしまっている。
黒い僧衣に黒眼鏡は、格好良いよりもとても恐ろしいが先に立つ。
物凄く恐ろしい男。最高じゃないか。
「山口さんに会えるの?」
「当たり前だ。一番可愛くしてやるからな、じっとしておけ。」
すると彼女は本当に可愛らしい表情を顔に浮かべて、完全に良純和尚の言いなりとなったのである。
麻子は淳平に仄かな想いを抱いているのか。
それは仕方が無いな。
年末に淳平が大怪我をしたからと、僕達は彼を引き取って、武本の本拠地である青森と白波の本拠地である新潟へと彼を年末年始の挨拶周りに連れ回した。
そこで、仕事から離れた彼は本来の自分を解き放ってしまったのか、結果、僕の親族の女性陣は全て彼に陥落し、それどころか白波の神社では女性参拝客のアイドルとなり、物凄い売り上げと氏子獲得を成してしまったのである。
そんな恐ろしい男であるため、純な麻子が惚れるのも無理もない。
ちなみに山口以上に見事な外見の良純和尚が白波神社の売り上げに貢献していないのは、当たり前だが彼が禅僧であるからだ。
しかし彼は、神社仕事に出て行く僕達のためにせめてと、白波本家で裏方の竈の主になってくれたのである。
白波家には感謝されまくりの素晴らしさだが、家人が戻らなければ、彼は一人炬燵に転がって寝正月をするつもりだっただけの話である。
彼は魔王の称号にふさわしく自分が一番であり、自分に無駄な事は一切しないという素晴らしい人でもあるのだ。
そんな彼が麻子の髪の毛を丁寧にブローしながらも、僕に恐ろしい目線をこっそりと寄越していた。
共感力のない僕でも十分理解できる目線。
「お前が淳平の恋人だって麻子にばらすなよ。」
王子様のような淳平君は同性愛者であり、僕の恋人なのである。
これ以上麻子を傷つけたくない僕は、うんわかったと、頭を上下させた。