僕には良心ないみたい
「辛辣ですね。でも、本当に今までは上手くいっていたのですよ。僕も驚きです。半年前に優さんが結婚したとは聞いていたけど、彼女がそんなにも人が変わっていたなんて。」
「麻子を引き取って善之助達に金を吐き出させる方がいいと、そいつに知恵をつけられたんだな。長い目で見りゃ悪手でしかないのによ。この世は馬鹿ばっかりだ」
親権の無い善之助が麻子を守ろうと動けば、親権を使って橋場から引き離すと麻子は母の結婚相手に脅されていたのである。
大きく溜息をついた良純和尚は、居間の押入れ、彼によって僕専用のクローゼットに改造されたそこから、何枚か服を選ぶように見始めた。
実は僕の女性服の殆んどが良純和尚がデザインをして、近所の手芸教室にて製作されているものなのである。
僕の親族であった三厩隆志が遺言で道場を良純和尚に譲り、良純和尚は隆志の妻のためにそこを手芸教室に変えた。
その他にもカルチャースクール用に道場を一般に開放してあり、それは公民館認定を受けるためなのだそうだ。
「生徒も居ない道場なんて貰ってもな、お荷物でしかないだろ。道場を近所のババアのカルチャーセンターにしたくなければ、自分で経営しやがれ。」
死んだはずの隆志が実は妖怪で、今は相模原東署の神埼署長に成り代わっているのだと告げられても、一般人でない僕にも受け入れ難いものである。
良純和尚は割合と柔軟な考え方の出来る人であるかもしれない。
そして、そんなに管理が重荷なら、道場は世田谷の一等地、潰して売ってしまえばいいと思うのは、僕が本気でろくでなしだからであろうか。
僕よりも人間が出来ている彼が僕の服を引き出しては眺めているのは、麻子の為を考えるほど動きの取れない状況に憤りを感じ、そこで無意識に自分の作品を見て癒されようとしているのだろうと考えた。
だが、違うようだ。
なんと何枚か服を引き出すではないか。
僕はそこで彼が麻子の服を僕の服から見繕っていたのだと、ようやく理解したのである。
「あぁ、その胸元にレースをあわせた水色のニットは、実は凄く気に入っているので駄目。それと、そのツイードのジャケットは…………。」
僕を睨みつける良純和尚の眼光は凄まじかった。
「だったら、着ろよ。」
声に出さずともそんな彼の声が良く聞こえ、しかしながら彼がその水色のニットだけは戻してくれた事にはホッとした。
ああ僕は人でなしだ。
落ち込んでいる少女のために、お気に入りでも袖を通していない服を渡してあげるべきではないのか、麻子はお前の妹同然ではなかったのかと、僕の良心は僕を説得するどころかそれらを棒読みしかしないのである。
僕の良心は僕だけのものだから当たり前か。
「あの、これでいいのですか?」
頭にタオルを巻きつけて居間に戻ってきた麻子は、良純和尚がデザインして作ったが僕には色が強過ぎて似合わなかったお蔵入りの服、黒色レース地の膝下丈のパンツにワイン色のカーディガンを着ていた。
しかし彼女は小柄なので膝下丈のパンツは少し短めのクロップドパンツ丈となっていたが、細身ストレートなので全くおかしくなく、元々そういう長さのデザインにしか見えない。
彼女の足が真っ直ぐで美しいからもあるのだろう。
「麻子のために作ったみたいだ。」
麻子は僕の賞賛に白い頬に血の気を登らせると、嬉しそうに僕の目の前でくるっと周って見せた。
バレエを習っていた彼女は動きが優雅だ。
動きに合わせて、カーディガンの裾と袖が鳥の羽のようにふわっと翻る。
カーディガンは袖がベル型で、胸元に切り替えのある裾広りの長いものだ。
袖の付いたジレと言った方が早いか。
そして、下に着ているシャツは、僕が着た時に合わせたものと違う。
あの時はカチっとした白シャツだった。
今日麻子に着せたシャツは生成りのアンティークデザインの柔らかいデザインのもので、僕にも似合っている僕のお気に入りだが、麻子のために譲ってやろう。
女の子服はと言いながらも、実はこれを着た自分がかなりどころか物凄く可愛らしくなるので好きなのだ。
けれど、大事な麻子のためにと我慢した。
実際、その服の組み合わせを着た麻子が非常に可愛らしいのは事実なのである。
「本当に凄く似合うよ。特にそのブラウスって凄く可愛いものね。」
「…………ブラウスは可愛いよね。」
僕の言葉を誤解したか、麻子はがっくりと頭を俯け、僕は良純和尚に頭をぱしんと軽く叩かれた。