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約束の地

 僕はいつもと違う雰囲気の髙にびくりとしてしまっていた。

 彼は一体どうしてしまったのか。


「髙さん?」


「僕は結局ね、兵士を育ててしまう男のようなんだよ。生まれてくる子供がそんな育てられ方をしたら可哀相でしょう。こんな父親ならば居ない方がいい。」


「僕は髙さんのように優しいお父さんだったら、兵士になっても幸せですよ。淳平君は髙さんのお陰で強くなって僕を守る事が出来た。そうじゃなかったら、僕はとっくに死んでいます。髙さんのお陰です。帰りましょう。僕達は生者の国に帰りましょう。」


「ははっ。」


 髙は軽く噴出すと、僕に飴をくれた。それは髙が僕にくれる何時もの棒つきの飴で、なんと今日の飴の色はオレンジ色だった。

 この味は嫌いなことを知っているくせに。

 僕の説得が気に入らないという意思表示であるのだろうか。


「僕はオレンジ色は嫌です。」


 すると髙は嬉しそうに大笑いをはじめ、僕の摘む飴を取り上げると今度は赤を差し出した。

 僕の一番好きなイチゴ味だ。


「わぉ。どうして?」


 僕は意味が判らないが髙は笑いながら僕の肩に腕を廻し、僕達を連れてきた魔物に向かい合った。


「長谷ちゃん。俺達は帰りますよ。」


 長谷はおどけるように肩を竦めると、ひょいと右手で僕の顎をつかんで持ち上げた。


「この世界にいれば、君は君のまま永遠に生きていられるのに。」


「そうすれば僕の存在を、かわちゃんと良純さんに、それに淳平君に忘れてもらえますね。彼らは僕がいなくなった寂しさを感じることはない。でもね、僕は感じて欲しいんです。慟哭して欲しい。悲しんで貰えるのならば命だって惜しくない。僕はろくでなしです。」


「その為に、君は、君一人違う所に逝く事になっても?」


「良純さんは同じところに連れて行ってくれると約束してくれました。彼はきっと、僕が向かう地獄にだって良いよって、来てくれる。来れなくてもいい。僕は約束が嬉しかった。僕に約束をしてくれる人の存在が――。」


 再び涙がこみ上げてきた僕は、涙が零れる前に再び髙に抱きしめられた。


「また、スーツを汚してしまいましたね。」


「かまわないよ。」


「泣かせるねぇ。」


「いい加減にしなさいよ。人を騙してからかうのは。そうしないと君の魂が天国に連れて行かれてしまうのかも知れないけどね、僕達には、本当に、いい迷惑だよ。」


 僕と髙が家ではなく後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには久美が見せてくれたパンフレットの写真の社長が立っていた。

 長谷と同じくらいの身長で、涼やかな秀でた額に形の良い鼻や口元を持つ彼は美しく若々しく年齢不詳だが、白髪交じりの黒髪や顔の皺から六十代くらいだろうか。


「隊長。」


 畑仕事をしてきたような泥まみれの彼は、髙の呼びかけに嬉しそうに目を細めて、僕達に優しく微笑んだ。


「はじめまして。僕は竹ノたけのつかかいです。そこの魔物が何と言おうとね、両親は普通に往生しましたよ。不老不死など、この目の前の男だけで十分です。さぁ、どうぞ、お入りください。僕はね、父が語っていた田辺さんと、魔物が魅入られているらしき美女さんに会えることを楽しみにしていたのですよ。君がその美女さんのクロちゃん、かなって、ワォ。本当に綺麗で吃驚だ。さぁ、入って。」


 海が玄関に立つと、古い外観の家の扉は自動で開いた。ドア上部にある照明にセンサーがついている。

 あれは網膜と顔認証もあるようだ。

 僕と髙は顔を見合わせて、この展開に少し驚いていた。

 僕達は長谷が作った二つの世界だと思い込んでいたが、どうやらここはもっと危険な場所であったようだ。


「長谷ちゃん?」

「長谷さん?」


「竹ちゃんってさぁ、日本が恋しいって、フランスの広大な自分の土地を自分の思い出の日本の風景にしちゃったのよ。そんなに恋しいなら日本に帰ればいいのにねぇ。僕がさぁ、彼の経歴ををまっさらにしてあげたのにさ。意地を張っちゃって。」


「やっぱりフランス。」


「こんの、うそつきが!てげてげにせんか!」


 目の前で不安に慄く僕達を騙せた喜びで大笑いしている魔物の狂態に、僕と髙はいつのまにか手を繋いで、共感力のない僕でさえ髙と共感して同一のこと望んでいた。


「早く家に帰りたい。お家が一番。」と。

(おしまい)



てげてげにせんか!→いい加減にしないか!

田辺さんが竹ノ塚さんを叱りつける時の口癖です。

竹ちゃんと田辺さんと人間の長谷の話は、竹ちゃん狂騒曲シリーズになります。

スペースがないようでしたら、今後改訂していきます。


お読みいただきありがとうございました。

次の作品で馬シリーズは終わりになるので、今作は楊中心で内容的に凄くウェットで、百目鬼さん達が活躍していないです。

百目鬼も玄人も自分が一番なので、自分の問題さえ片付いていれば、基本どうでもよいと動きません。

楊はだからこそ俊明和尚を亡くした後の百目鬼に纏わりついていたので、玄人に出会う前の百目鬼は楊のおかげで社会生活を送れていたようなものなのです。

だから楊に対して、二人して「辛いなら言ってよ!」なのですが、楊的には「わかってんなら察してよ!」だと思います。

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