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梨々子出立の日

 相模原東署傍に大きな敷地を持って悠然と構える松野邸の庭には、銀色に輝く悪魔の乗り物が舞い降りていた。

 即ち、ヘリコプターである。

 マツノグループの総裁の孫娘である梨々子を迎えに、僕の従兄がヘリコプターを操縦して来たのである。

 アメリカで航空免許を収得した彼は、車よりも不経済なヘリコプターをこの上なく愛している。

 だが、そのために頑張って働いて白波酒造の利益を上げるのならば、その趣味は大いに認められるものだろう。


 若き白波酒造の跡取りの白波久美は、白波家そのものの顔立ちだ。

 一重だが大きな目をした狐顔ではない方の公家顔をしている。

 つまり狡猾な大蛇の顔。

 そして顔だけじゃなく蛇の狡猾さを持った白波の男でもあるので、僕はここにきて楊の婚約者を単身で彼に預ける不安に慄いてしまっていた。


「梨々子。気をつけてね。あの男はギャングだからね。あまり信用せずに、常に距離を保って、自分で自分の身を守るんだよ。」


「もーう。何を言っているのよ。まさ君が太鼓判を押すくらいの信頼できる人じゃない。まさ君に六月の事を話したら喜んじゃってね、任したぞってお餞別を作ってくれたの。海里と一緒に持ったらどうだって。」


 梨々子は嬉しそうにお揃いのストラップを二つ両手にぶら下げた。

 ゆらゆら彼女がぶら下げるストラップの先には、なんと黒いヨタカの小さな縫いぐるみがついているではないか。

 楊がフェルトの塊を針でひたすら突いている姿を想像すると情けないものがあるが、彼の使い魔である黒いガマグチヨタカそっくりのユーモラスな姿は最高に可愛い。


「畜生!僕もそれが欲しいよ!」


「えへへへ。」


 梨々子は僕の言葉に有頂天になって喜んで、嫌がらせのように僕の目の前でプラプラと振っている。

 本気で彼女はナチュラルハイだ。

 大丈夫なのだろうか。


「本当に、クミちゃんには気をつけてよ!」


「大丈夫です。あたくしが見張っていますから。」


 僕とそっくりの八歳の小さな白波は、玉虫色の生地に黒レースを重ねてあるコートを着込んでおり、小憎たらしい人形そのものである。

 そんな彼女が四十代の女性のような素振りでチラリと僕を見上げて、僕に梨々子の無事を請け負ってくれたのだが、嬉しいと思うよりも僕の敗北感が強かった。

 しかし、彼女は自分が白波の未来を背負っていると豪語しているので、未来の当主であり、戸籍上の親よりも親らしく可愛がってくれる彼女の兄の動向にはしっかりと目を光らせてくれるだろう。


矢那やなちゃん。君が付添い人をしてくれる事に感激だよ。白波で君ほど頼りになる人間はいないものね。」


 僕が敗北感に打ち震えながらも褒めたのにも係らず、少女は肩下くらいの真っ直ぐなサラサラの黒髪を片手で梳きながら、鼻でふんと僕の褒め言葉をいなしたのである。

 その上、斜めに僕をちらっと見ると、にやりと偉そうに微笑んで、先程とは違う抑えた声で僕だけに囁いてきたのだ。


「あたくし。かわちゃんがお気に入りですの。苛めがいがある人でしょう。ユキちゃんのお相手が海運王の娘ならば、クミちゃんにはマツノの孫娘なんてバランスも良くて、白波にはおいしいと思いません?」


 訂正だ。

 僕の方が武本の血で沢山の睫毛とつぶらな瞳であるので、僕の方が確実に可愛い。

 よって、彼女は僕そっくりではない。

 僕にそっくりであるものか。

 このやり手婆を排除しなければ梨々子の身の危険だ!


「梨々子!やっぱり僕が海里の所に連れて行くよ!この極悪兄妹と一緒だと、君は毒蛇の巣に引き込まれちゃうよ!」


「もーう。クロトったら馬鹿ばっかり。」


 しかし、僕の心配など全く流して梨々子はヘラヘラしていた。

 哀れなほど海里を必要としているのである。

 僕は梨々子の事を思い、決してしたくなかった事をした。

 即ち、ヘリの操縦席にいる久美の元へ直談判しに走ったのだ。


「クミちゃん!クミちゃん!絶対に絶対に、梨々子に手を出しちゃ駄目だよ――って。どうしたの?クミちゃん。」


 大蛇が操縦席で涙を流していたのである。


「涙で計器が読めないと危険じゃない。」


 そういえば久美は珍しく僕をからかいに来なかったし、僕にまともに挨拶に来なかったと思い出していた。


「どうしたの?なにかあったの?」


 僕が思わずヘリコプターに乗り込むと、久美がぎゅうと僕を抱きしめてきた。


「どうしたの。」


 何も答えない珍しい素振りの久美が、僕を抱きしめながら器用にスマートフォンをそうさすると、僕にそれを差し出してきた。


「これが何だって。」

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