抜いた男を叱る男
俺の庭に闖入者だ。
「おい。俺は一般人の普通の人なんでね、鍵が無いなら勝手に入らずに呼び鈴を押せ。」
俺は居間で横になっている玄人を起こさないように、直接居間側の縁側から出ずに玄関から外に出で庭に周った。
それから闖入者が立つ庭の隅へと歩いて、大きくはないが威圧感のある声を闖入者にかけたのである。
庭の隅には六本ものボケの木があった。
俺が異常にボケが好きなわけではなく、この家の持ち主で俺の父となった男の意向だ。
家族が増えたら大好きなボケの木を増やそうと彼は妻と約束しあって互いの苗木を植え、けれども妻が一度も身ごもらないままこの世を去り、その二十数年後に俺が彼の養子となることで、この庭にようやくボケの木がもう一本増えたのだ。
俺はその俊明和尚の全てを受け継ぎ伝える者として、養子にした玄人の木を植えた。
後の二本はって?
一本は玄人の恋人になるだけでなく、俺の家族にもなりたいと望んだ山口のために俺が植えてやったのだ。
もう一本は闖入者自身の木であり、彼が抜いてしまっていた。
「せっかく根付いたのに。」
「これでいいんだよ。俺はお前の家に、お前の家族になれはしない。あったって邪魔なだけだろ。無駄な木が有るとな、他の木の生育の邪魔になるんだよ。これはな、間引きってヤツ。ノリで植えて、お前達の気持ちの篭った木を枯れさせてはいけないだろ。」
暗闇の庭先では楊の顔の表情は分からないが、彼の話す声はいつもの軽い声で無い。
玄人が何時も言っている「本当の楊の声」だ。
少々擦れた低い声。
「せっかく根付いたのに。」
「何だよ。お前はそればっかりだな。」
少々だけ声がいつもの楊に戻った。
俺はこの作った楊が好きなのだ。
作っていると本人も玄人も二人して思っているようだが、俺が思うにこっちが彼自身だ。
彼自身で居られなくなると、「本当の楊」が現れるのである。
大体本当の声の方が艶があって渋いとは間違っている。
絶対に作り声だ。
「ボケが哀れだな。無責任なヤツに買われたばっかりに、ここでこうして枯らされてさ。あーあ、本当に可相想だ。埋めろ。今すぐ元に戻せ。」
じゃりっと音がして楊が俺のほうに一歩出てきた事が分かった。
居間から漏れた明かりで彼の顔に光が当たる。
その顔は疲れきった老人の表情を浮かべていた。
「いや、だってさ、俺の木があったら邪魔だろ。俺はいないのに俺の木があったら邪魔だろう?お前達の約束の木なんだろ。死んだら骨の欠片を埋めるって重い約束のさ。」
「邪魔かどうか木が決めるだろ。今すぐ埋めなおせ。それからお前が死んだらな、お前が俺に押し付けたCDを粉々に割ってから根元に埋めてやるから気にするな。」
眉毛が一本線になるほど眉をひそめた男は、がばっとしゃがみ込むと自分が抜いたボケを必死に素手で埋め直したのである。
仕上がりに、嫌味たらしく土をぱんぱんと両手で叩いて馴らしてもいる。
「これでいいか。」
「いいよ。」
「本当にいいのか?俺がいないのに木があっても。」
「いいって。その木が無くなったらクロが泣くからな。」
「邪魔だって、多過ぎて邪魔だってちびは言っていなかったか?」
「山口を揶揄うためにね。その時は山口に焼き餅を焼いていたのだから、嘘じゃなく本当に抜きたいって怒っていたけどね。今は違う。死んだらこの木の根元に自分が埋まるからってね。ほら、クロの木を囲むようにお前と山口の木が植えられているだろう。」
楊は自分が植えたばかりの一度抜いてしまった木を眺め、そして俺を見上げた。
「ちびの調子はどうなんだ?」
玄人はここしばらく伏せっているのである。
数日前から高熱が続き、今は固形物が何も食べられない。
熱が出た時から出来た口腔内の水疱が破れ、かなりの痛みがあるらしいのだ。
「明日からは固形物を食べられそうだ。昨日お前の親父の長谷とやらがマヌカハニーとやらを見舞いに持って来たからな。不味い蜂蜜だが、それを舐めてからずいぶん口の荒れが収まったよ。この年で手足口病なんてな。赤ん坊だ。まあ、大人になってから罹ると症状は重いらしいけどな。」
「え?」
「どうした?」
「え?この季節に手足口病?俺が箱根で風邪を引かせたからじゃないのか?」
玄人の話では、楊は玄人から貰ったオコジョで、神出鬼没の飯綱使いとなったらしい。
俺は宿の俺の布団で転がる楊を目の当たりにして、俺の真っ当な日常を探したほどだ。
「お前が風邪を引かせたって?お前はクロの膝で爆睡する以外で、他に何かあいつにしていたのか?」
楊はぱっと顔を真っ赤にして、俺の目の前からぱっと消えた。




