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内風呂な人

 僕は膝に転がっている男にどう対処するものか悩んでいた。


「かわちゃん。それで大丈夫なの?」


「しっ。ちょっとだけだからさ。ちょっとぐらいいいでしょ。」


「でも、このままじゃ。僕が風邪をひいちゃいますよ。」


「じゃあ、俺があとで暖めてやるよ。」


 僕は膝に乗せている楊の頭をぱしりと叩いた。

 ここは内風呂の脱衣室。

 半陰陽の体の僕は温泉など利用できず、大風呂に出かけた同行者達と違い、僕は毎晩こうして内風呂に一人寂しく漬かっていたのである。

 水野と佐藤が一緒に入るかと誘ってくれたが、僕は女性の裸体を目の前にできないし、麻子からは「絶対に来るな。」の目線だ。


 だが、麻子の目のお陰で助かった。


 彼女まで「おいで。」という目だったら、僕は水野達の優しさを断れなくて辛かったろう。

 一応僕は男の子なのだ。


 また、非常識孝継が混浴露天に行こうと誘ってくれたが、絶対に二度と奴の甘言に乗るまいと心に決めている。

 脱衣所で気付いたが、あいつはマリンスポーツ用カメラを隠し持っていたのである。

 僕がカメラに気付いたのは、僕が危機管理に神経が細かいからではなくて、風呂に浸かった所でフラッシュを浴びせかけられたからだ。

 自宅に飾るとほざいたが、身内の裸をパネルにする意味がわからない。

 この、ど助べえ親父が。


 よって僕は温泉にまで来て、部屋の一人風呂生活を余儀なくさせられているのである。

 これだったら青森の武本家に帰った方が楽しいよ!


 そんな僕一人が使用中の鍵が掛かっていたはずの脱衣所に、楊が現れることが出来たのは、僕のオコジョ達のせいだ。

 武本家の使い魔であるはずの彼らは楊を愛し過ぎ、三匹などは抜け駆けして楊のものになってしまった程だ。

 普通はそれで収まる筈が、それでも諦めきれないと楊争奪戦をしているらしく、彼が作った獣道で少しでも彼が僕の事を考えれば、喜んだオコジョ達がすぐさま僕の所に簡単に道が開くようにしてしまうようなのである。


 一般人であった時でも落ちている生き物はすかさず拾う男であったので、不幸な死に方をした小動物の霊に好かれるのは当たり前なのかもしれないが。


 それにしても、この間まで普通の刑事だった男が、僕以上の神出鬼没な飯綱使いになってしまうとは。


 僕が無能過ぎるのか、僕が使える獣道は一キロ未満だ。


 湯に漬かっていた僕は、脱衣所の人の気配に驚き、そしてそのままその人物が鍵を開けて部屋の方に出て行った事に訝しく思いながらもホッとしていた。

 訝しかったのは、その人物が楊だとわかっていたからこそ、部屋の方に戻った彼の行動が不可思議だっただけである。

 しかし案ずることは無く、彼はすぐに脱衣所に戻ってきて服を脱ぎ出し、そのまま普通に浴室に入って来たので、ホッとした自分が勿体無い。


「替えの浴衣を取ってきたのですね。でも、下着はどうするの?」


「ぷらぷらでも平気。風呂上りに汚れた下着を再び着るなんて、俺が可哀想じゃん。」


 彼は当り前のように洗い場で体を洗い出し、パンツと靴下までも洗い、鼻歌までも歌いだす。

 どこかで聞いたような、懐かしい昭和のメロディー。


「疲れたでしょう。」


「刑事さんは疲れるものだからね。」


 やつれが目に付く疲れた表情で、楊はにやりと笑う。

 僕は彼に注意しなければと思いながらその魅力的な笑顔に口を閉じ、彼が入れるように湯船の中を動いた。

 彼はゆっくりと湯船に漬かって来たが、それでも大人の男の体積だ。

 豪快に湯はざぶんと湯船から溢れ、僕はその波を頭から大被りだ。


「もう、かわちゃんは。」


「せっかく温泉に来たんだ。一人風呂は味気なかっただろ。」


 彼はお湯を被ってびしょ濡れの僕の顔を撫でるようにして水気を払い、それから僕の頭を引き寄せて僕に口付けた。

 軽い軽い、唇だけのものだ。


「嫌だって言いなさいよ。言っていいんだよ。」

「狭くて嫌だから湯船から出てください。」

「嫌です。」


 僕達はそれからただじっと湯船に漬かるだけで、無言のまま数分もしないで風呂から上がった。

 狭い脱衣所では顔を合わせるどころか背中合わせで黙々と浴衣を羽織り、だが、振り向いた時に楊の姿が消えていたのには、僕は心臓が止まる程驚いたのである。

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