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ピンポン!

 唇は想像以上だった。

 貪られてもいない。

 じらされてもいない。

 望むだけだ。


 望んだだけ、自分が望んだ以上の快楽が与えられ、自分が何を望んでいたのかわからないと頭の中に靄が架かってしまった状態だ。

 頭の中で鳴り響くアラートを必死に探し、アラートが鳴ってもいない事に戦慄して、戦慄した事で水野は自分を取り戻した。

 怖気づいたと言った方が正しい。


「に、にいさん!ちょっと、ちょっと、待って!」


 彼女は百目鬼の腕の中で身を捩った。

 すると、裏切り者の自分の体は彼の腕から逃れたくはないと、彼女の意識に一斉に反旗を翻して抗議の雄叫びを上げたのだ。

 そして、これこそが彼女の怖気の原因だ。

 自分自身をコントロールできない事態だなどと、彼女には恐怖でしかないのだ。


 だが、怖気づいた自分を一瞬で呪った。

 百目鬼は気を悪くするどころか、水野の腰を完全に蒟蒻状態にする物凄くいい声で喉を鳴らして笑い、彼女を簡単に解放したのである。

 彼の腕から壊れ物の大事な存在のように手放された事と体に響く素晴らしい彼の声で、怖気づいた性欲が彼女の中で再び芽吹いて臆病な彼女を罵り始めたのである。


 もっとあの腕の中にいたかった、と。


 彼女を簡単に手放した憎い男は、続けたいという意識も見せずに、ただ悠然と微笑んで布団の上に胡坐をかいているだけだ。

 乱れているのは水野だけであり、彼は受け入れて翻弄するだけで、彼女の上位にいるだけなのだ。


「これはあたしじゃない!」


 百目鬼は少々驚いた目をして、自分の目の前で叫んだ彼女を見つめた。


「どうした?」


「ちがう!こんなに翻弄されたらあたしは対等な関係が作れないじゃない!だめだって。初めてはリードされたいけどさ。でも、されすぎるよりも、もっと、こう。もっと。ええとさ。もう!とにかくこんなんは駄目。」


 百目鬼はすっと立ち上がって水野から離れると、くるっと背を向けた。

 そしてそのまま壁に手をついて小刻みに震えている。

 水野は思わず彼の膝裏を蹴った。

 すると、百目鬼はがくりとして跪いたが、全く彼女の仕打ちに怒りを見せることもなく、しゃがんだ姿勢のまま本格的に大きな笑い声をあげるではないか。


 そして水野は背中を丸めて笑い転げる百目鬼の姿によって、思考回路が別のほうへと動いてしまった。

 即ち、疲れさせたら彼の絶対的な攻撃力を削ぐことができるのではないのか、と思いついてしまったのだ。

 彼女は自分が恋した絶対的な男に叫んでいた。


「温泉に来たらまずは卓球でしょう!卓球しよう!」


 彼女の心とファーストキスを奪った男は、床に這い蹲る勢いで笑い転げるだけであった。

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