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一緒に箱根に行こうか?

「いいの?」


 不思議な事に、あんなにも縋っていたくせに、俺から許可を得た事に麻子は信じられないという風に呆然としていた。


「当たり前だろ。思いつめた顔した餓鬼がお願いしたら連れて行くだろうが。お前は俺のお気に入りだしな。それから、一応善之助に旅行の事を伝えておけ。俺が淫行罪で逮捕されたら困るだろう。」


「淫行罪?」


「保護者どころか監護権のない男が十四の乙女を宿に引っ張って行ったら、普通に通報されてお縄だろうが。」


 麻子は笑おうとしてか顔を歪ませたまま固まり、そして顔を真っ赤にしたかと思うと、うわーんと子供のように泣き出した。


 そうだ、子供だ。

 彼女はまだ十四歳の子供であるのだ。


 俺は出会ったばかりの玄人にしたようにして、麻子を抱きしめた。

 ぎゅうと抱きしめるのでなく、空間を作ってそこに匿うように、だ。

 けれど麻子は俺に必死に抱きついてきた。


「…………なさい。ごめんなさい。やっぱり家に帰ります。良純さんにご迷惑はかけられません。」


 女の子は訳が分からない。

 俺の腕の中で縋って泣いている少女の考えは、俺の想定外であったようだ。


「行きたくなくなったのか?オーストラリアと箱根じゃ段違いだしな。玄人でさえコアラが抱きたいと羨ましがっていたぞ。だがねぇ、親父には温泉だよ。それとも宿代が不安になったか?俺を馬鹿にするな。餓鬼が一人ぐらい増えたところで懐は痛まねぇよ。」


 彼女は年末恒例の白波の船上パーティを断って、冬休みは善之助とオーストラリアへと飛んだのである。

 そこも俺の彼女への好感度が増した点だ。

 麻子がパーティを断った時の理由が「毒蛇の巣には行きたくない。」である。


 素晴らしき常識人。


 俺の腕の中の幼き常識人はクスクスとようやく笑い、しかし、再び俺の胸に顔を埋めて泣き出した。

 やはり、うわーんと、五歳児のように、だ。


 俺はようやく彼女を最近の玄人のように抱き返した。

 つまり、膝の上に乗せあげて幼子のようにあやすのだ。

 玄人は実の父親と継母によってネグレクトと人格否定を受けてきていたので、時々そうやって幼子のようにあやさねばならない時がある。

 育て直しみたいなものだ。

 俺があいつに女服を着せているのはそれも理由のひとつである。

 大の男が成人を膝に乗せて抱きしめあやさねばならないのならば、見た目が美女の方がいいだろう。


「ほら。どうしたんだよ。麻子は本当は行きたいのか行きたくないのか?それだけ答えろ。お前の言うとおりにしてやるからよ。」


 子供のように背中を叩いてやると、彼女は途切れ途切れだが「行きたい。」と答えた。


「分かった。初対面のケダモノ姉さん達と同室になるがな、大丈夫か?別にお前の部屋を取るか?」


「…………大丈夫。でも、良純さんといっしょがいい。」


 腕の中で顔を伏せたまま泣き声で答えた麻子には、俺はかなりぐっと来た。

 この俺が「癒し」というものを求めるほど、数時間後の箱根旅行が重荷なのである。


 俺に箱根旅行を奢らせたケダモノ達とは、昨年刑事昇格したばかりの二十二歳の巡査達だ。

 親友のかわやなぎ勝利まさとしは三十一歳の若さで特定犯罪対策課、通称特対課とくたいかを率いる課長なのだが、彼女達は奴の部下だ。


 楊は童顔に印象的な彫の深い二重の瞳を持ち、そこらの俳優顔負けの美男子でもあるが、魔法使いになれるこの歳になってもまともな女にモテたことがない。

 実生活がそうであるのならば、社会生活に恩恵の一つぐらいはありそうだが、今夜俺と旅行に行く佐藤さとうもえ水野みずの美智花みちかは、恩恵どころか触るな危険の猛獣だ。


 奴等は朝の五時半に俺が箱根の旅を了承するまで追い詰め、旅館の手配をするまで開放してくれなかったのである。

 それもスマートフォンの通話だけでだ。

 そんな奴らと生でご対面とは、俺が不安を抱いてしかるべきだろう。

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