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誰にも欲しがられないと泣くのなら、奴隷のまま奥歯を噛みしめて嗤おう (馬17)  作者: 蔵前
十三 俺の息子でない息子を守ってくれるかい?
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あいつのせいだから、と

 俺を中心に炎は店内をめぐり、次々と人を生きたまま焼き、殺し、うねり、全てを燃やして破壊していった。

 ドンドンっと大きく物が落ちて壊れる音は、建物自体が崩れだした音だ。

 全ては俺のせいだ。

 少年の日に火達磨となったあの男も、俺が殺したのだ。

 俺は人殺しでしか無いのだ。


「うわぁああああああああああ。」


 俺は全てを長谷のせいにした。

 こんな自分でしか無いのは、あいつのせいだから、と。


 俺を不幸にしたのが長谷ならば、俺が長谷の幸せを壊すのだ。


 違う。


 俺は彼に殺されるために彼の家に走ったのだ。


 彼は今日家族と一緒の休日だ。

 俺が決して入れない家族の団欒。

 母さんの再婚は長谷の子供を産み育てるためだった。

 再婚した男が戦死した報など母にはどうでもよく、長谷が軍法会議で銃殺された噂を聞いたからこそ橋から身を投げたのだ。


 俺を残して、長谷の子供だけを道連れに。


 俺が彼の子供でなかったから。


 飛び込んだ長谷の部屋に鍵は掛かっていないどころか、誰もいなかった。

 否、子供部屋で赤ん坊の泣く声が聞こえ、俺は不思議に思いながらその部屋に入った。

 ベビーベッドで泣く長谷の三歳の子供はあどけなく、誰もいない部屋で泣き喚く彼の姿は俺そのものでしかない。


「泣くな。お前には親父の血が流れているんだろ。どうして泣いているんだよ。」


 俺の姿に、俺の声に、彼はぎゃーと火が点いたように泣き叫んだ。


「うるさいって!」


 そんな子供の声が気に障ると、俺は彼の口を咄嗟に塞いでしまったのだ。

 赤ん坊は簡単に死んでしまう。

 俺のせいで、俺が自分の体が不恰好な大男だと忘れていたせいで、彼は俺の手の中で窒息させられてそのまま息を引き取った。


「誠ちゃん、良祐に何を。良祐!」


 急に戸口に現れた祥子に肩を捕まれた時、俺は空き家の縁の下で見つけ出された子供に戻っていた。


「俺にさわるな!もう嫌だ!もう嫌だ!」


 俺が振り払ったのは、あの好色な男だったはずだ。

 しかし柱に頭をぶつけて死んだのは、赤ん坊を抱いた祥子でしかない。

 俺の全力で払われた彼女は柱に体を打ちつけ、そのまま崩れ落ちて亡くなったのだ。


 彼女の腕の中の赤ん坊は泣かない。

 彼も俺が殺してしまった。


「うわぁあああああああ。」


 俺に何ができる?

 俺はもう狂っているのだ。

 騒ぎながら俺が殺した赤ん坊の部屋を荒らしていた。

 棚の上の小物をなぎ払い、手に触れるものすべてを壊した。

 壊して、泣き喚いていた。


「もういやだ!もういやだ!もういやなんだよ!」


 ガチャっと玄関ドアが開き、祥子の兄である田辺大吉が室内に入り、そして、状況を見ると彼は台所に行ってしまった。

 俺を通報するか?

 いや、彼は俺の助け手になってくれた。

 包丁を持って俺の前に静に現れてくれたのだ。

 ぴんと張り詰めた殺気を纏った死神。

 殺気を浴びた俺は一瞬で自分を取り戻し、俺は無意識ながらも銃を構えた。


 無意識ではない。

 自分を取り戻したわけでもない。

 俺は自分を抱えたまま、狂気をかき立てて浸っていただけだ。

 自分には仕舞いにする根性も覚悟もなかったから。

 赤ん坊のように叫んでいただけなのだ。


 今や俺の救いの神となった田辺に、彼の殺意を消さないように、俺は護身用に携えていた銃を取り出しただけだった。

しかし驚く事に、田辺は俺が構える前に既に俺の懐に入り込んでおり、そこで存分に刃を振るったのだ。

 容赦なく、二度も。

 避けようと無意識に体が動いた自分にも驚いたが、それでも確実に下腹部に熱い痛みが走った。


 深い確実な痛みだ。

 これでいい。


 ガウン。


 ああ!俺は痛みにか勝手に指が引きつり、彼に銃の弾を撃ち込んでしまった。

 俺が彼を殺してしまったのだと、そこで俺は暗転した。

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