人間味はいらねぇな!
「ホラ、麻子はどうした?そろそろ出発するぞ。」
母親が個室に移るまでの間、麻子は母親用の病室で一人ぽつんと母親を待っているという状態だった。
その姿は捨てられた仔犬のように痛ましく、あの非常識親子でさえ麻子に何と声をかけていいのかわからないらしく、病室前で右往左往しながら優の病室内のグレードアップを無意味にしてしまう病院のカモに成り下がっていた。
俺もこんな幼気な子供に何て声をかけていいかわからない男だ。
そこで、旅行に行くぞと声をかけたのだ。
「いや、どうするも何も、母親が倒れていて旅行なんて。」
答えたのは麻子ではなく、俺の後を玄人の代りのようにしてくっついて歩く水野であったが、ケダモノと呼ばれている水野の言葉に俺はかなり驚かされたと言って良い。
驚くどころか喜びさえ沸いていたのだ。
こいつは、ケダモノの振りをした常識人であったと。
「そうか。そうだよな。母親が倒れてしまったのだからな。」
俺が水野の常識人さに喜びを表したことを、俺の大事な常識人が勘違いしたらしい。
麻子は俺が彼女を旅行に連れていきたくはなかったと思い込み、顔を伏せてどよーんと落ち込んだ。
その落ち込みようは俺の胸でさえ痛むような有様だ。
まぁ、俺は玄人と比べれば人間味のある奴だから仕方が無いか。
玄人は本気で人でなしだった。
俺が彼に全部を説明しろと問いただすと、彼は素っ頓狂な顔を俺にして見せて、俺の目の前で哀れな山口に自分のろくでなしな責任を全ておっかぶせたのである。
「えー。淳平君は何も良純さんに伝えていないの?僕が君を連れて行かなかったのは、状況を良純さんに説明する人が必要だったからですよ。」
「状況って何だ?麻子の母親が死人化しそうなことか。」
「それもありますけど、死人化したら麻子に見せられないでしょう。適当な所に遺体を捨てちゃおうかなって。ダイゴに丸彦さんを乗っ取らせて目くらましに使ったのも誘拐に見せかけるだめです。誘拐された二人の内一人が生き残るって良くあることだしって、母親の行方不明を麻子は納得するでしょう。僕は良純さんに心配をかけたくなかったのに。」
記憶を失っていた時に、世界に怯えて俺にすがり付いていた彼は、その時でさえ自分本位のろくでなしであった事を俺は思い出していた。
大体、世界が怖いのは、彼がその世界の考え方が理解出来ないからこそだ。
また、共感力が無いからこそ、他人を物のように考えてしまう事もあるというだけだ。
「どうしてそこまで言うの!俺はそこまで伝えて良純さんに君が本気で呆れられたらって、本気で内緒にしようと頑張ったのに。」
「なんて可哀想な山口!」
楊には馬鹿笑いされ、玄人には使えない奴扱いをされて傷ついている山口が俺は哀れで、思わず抱きしめてやったほどだ。
「良純さん。」
「わかった。仕方が無いよ。お前は真っ当な奴だものな。」
「え?良純さん?」
「次からはこいつの悪どさを知ったら構わず話せ。こいつは俺の事を完全なる悪と呼んでいるが、こいつは悪そのものだからな。大丈夫だよ。」
「え?」
楊は一層騒々しくベッドで笑い転げ、俺は目が点になっている山口を一層抱きしめて慰めてやるしかなかったと、麻子の落ち込む姿を見ながら思い出していた。
兄妹の名乗りを上げただけあって、山口と麻子は少々ウェットで面倒くさい。
「麻子。早く行くぞ。クロが優は絶対に大丈夫で、回復して目覚めるのが三日後だと言っているんだ。医者に任せて俺達は旅行に行くぞ。」
すると、麻子はゆっくりと顔をあげて、俺ににっこりと笑った。
「ママのそばにいる。また、旅行に連れて行ってくれる?」
そのいじらしさが俺にはぐっと来た。
善之助と孝継が非常識に甘やかせて可愛がっても、この真っ直ぐさはなんだというのだ。
玄人は麻子から爪の垢でも飲ませてもらった方がいい。
俺は病室の外でプラプラしているだけの玄人に振り返った。
「おい、クロ!今すぐ優を目覚めさせて麻子が旅行に行けるようにしてやれ!」
「えー。寝ている方が家族が旅行に行っているって知らなくていいかなって思ったのに。ねぇ、麻子。三日間思いっきり楽しんでも大丈夫だよ。楽しんで帰ってから、優さんを目覚めさせればいいじゃない。今は体の回復のために寝かせてあげたほうがいいって。」
俺は本気で玄人の人でなし度に眩暈がして来ていた。
しかし、玄人の親族、橋場も矢張り非常識だった。
「せっかくだから僕達も行こうよ。箱根。いざとなったらヘリで飛べばいいでしょう。僕達が三日箱根に消えたってどうかなる橋場じゃないでしょう。」
「そうだね、孝継。クロちゃんも一緒の家族旅行は初めてだからいいねぇ。麻子。ママはクロちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫だよ。」
俺が人でなしのままでいれば、非常識親父を箱根に連れて行く事も無かっただろうと、自分の常識人振りにがっかりしていた。
実は水野が俺にしなだれかかってきたら、水野を喰ってもいい気がしていたのだ。
それは、以前に玄人が俺に言った、俺が子づくりしないから俺の子供で生まれ変われない、その言葉が俺を水野へと後押ししているのかもしれないが。
「結局、けだものに旅を奢ってやっただけで終わるのか。」
呟きながら溜息を吐いたそこで、俺に愛情の篭った目をむけていた山口と目が合った。
異性愛者の俺は彼を完全に攻略してはいないが、似たような行為はしている。
山口の目は、俺の考えを読んだようにして、傷ついた色を見せていた。
ああ、面倒臭え!
とにかく手を出すは、少し控えた方がいいのかもしれない。
わかったよ、しねえよ!恐らくな!
あぁ、旅先から帰ったら山口を可愛がってやらないと。
全く、人でなしでいた方が楽だった!




