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君達の仲が良いのは

 相模原第一病院に丸彦を運び入れ、そこで俺達は髙と合流した。

 玄人が集中治療室にいると聞いて、百目鬼が玄人への怒りを霧散させた事には胸を撫で下ろしたが、集中治療室と聞いて玄人への怒りが俺にも湧いてしまったのである。


 丸彦は玄人が操っていた。

 正しくは「ダイゴ」だ。

 無理矢理ダイゴに体を憑依された丸彦は、体からダイゴを追い出す葛藤により急性胃潰瘍を患って血反吐を吐いた。

しかしながら、丸彦が吐いた大量の血は死人の血が排出されたものであり、一応神様のはしくれの犬神によって浄化されてのその発作であり、彼が死人化を免れたのであるのだからよしとすべきか。

 あのスケベ犬に神性があるということ自体が解せないが。


「病室にも行かずにどうしたのですか?」


 俺が後ろを振り向いたら、髙が百目鬼に手を貸していた。

 俺は玄人への怒りで百目鬼を気遣わずに先を歩いていたと自分の不甲斐なさに真っ赤になりながら、彼に手を貸そうと駆けつけた。

 百目鬼は壁に手を突いており、その彼の体に髙が腕を回して支えている。


「良純さん。大丈夫ですか?クロトは絶対大丈夫だって、俺は言ったでしょう?」


 血の気が無い百目鬼は、手を髙の肩にかけると、俺の言葉が信じられないのか青い顔で俺を睨んでいるではないか。


「お前はそう言ったが、あいつが集中治療室だって。」


 俺は全部話せば百目鬼を安心させられる事はわかってはいたが、なぜか全部話してはいけないような気持ちになっていた。

 人が受けいられる事はそれぞれだ。

 百目鬼にとって純粋で弱々しい玄人が、ここまで後先考えない人でなしの策略家であると彼が知ったら、玄人は彼に庇護されなくなるのではないか、と思い至ったのだ。


 玄人は飯綱使いの力を使う時は本気でろくでなしになるが、平時は百目鬼がいなければ生きてはいけない弱々しい生き物でしかないのである。


「どうした?淳?クロが大丈夫なら説明してみろよ。」


 俺に凄む百目鬼に対して、俺の代わりに説明してくれたのが髙だ。


「身内の付き添いは必要でしょう。玄人君は倒れた今井優さんを病院に運んだだけですよ。娘の目の前で死人化する可能性がありましたからね。」


「え?」


「ですから、今井さんが凄い状態だったらしいですよ。それに丸彦君ね。彼がいつ警察署に戻っていたのかを誰も確認していないでしょ。していればあんな事にならなかったでしょうに。山口は何をやっていたの。」


 俺の恋人と上司は確実に通じていると俺は理解したが、彼らが全責任を俺に擦り付ける事に決めたらしい事には俺は理解しがたいと怒りが湧いていた。

 玄人の阿漕な所ぶちまけたくなるほどに!


「それじゃあ、クロは本当に何も無いんだな。」


「玄人君はね。但し偶然付き添ったかわさんが倒れちゃってね。早く行きましょう。」


「え?あいつが?」


 驚いた事に再び百目鬼は力を失いガクリとし、彼を抱きかかえて支え直した髙までも珍しい程驚いた表情を顔に浮かべた。


「ちょっと、百目鬼さん。大丈夫ですって。ただの過労ですよ。玄人君が付き添っていますから心配なく。点滴一本で大丈夫らしいですから、大丈夫ですよ。」


 俺は踵を返すと、髙と百目鬼を置いてずかずかと集中治療室へと一人で向かった。

 そして、ずかずかと歩きながら、玄人が愛しているのは楊なのではないかと思い始めた。

 彼は百目鬼の影に隠れているが、何かがあるとまず頼るのは楊だ。

 俺ではない。

 楊も何かがあると玄人に膝枕を強要して喜んでいるではないか。


 彼らはお互いが異性愛者だと思い込んでいるだけで、夫婦のように愛し合っているのではないのか。

 自分の中で湧き上がった疑問は、数秒もしないで解答された。


 ドアを開けて見えた光景は、点滴を打たれた青い顔の美青年が静にベッドに横たわり、青年の手を握りしめてその手を自分の頬に当てて悔しそうに泣いている美女という、どこから見ても彼らが恋人同士にしか見えない絵になるものでしかなかったのだ。


 俺は光景が完璧であるがゆえに彼らに声をかけることを躊躇い、俺の存在に気づいた玄人が顔を上げて俺の姿を認める表情を見守った。

 彼は、畜生、彼は何の罪悪感も表情に浮かべることは無く、俺に何時ものように微笑んだ。

 それも、俺が彼をどこかに連れて行きたくなるほどの花のような笑顔でだ。


「淳平君、聞いて。」


「…………いいよ。俺は何だって聞くよ。」


「本当に?怒らない?」


 怒って君が俺に戻ってくるのであれば幾らでも怒るけれども、違うのでしょう。


「怒らないよ。」


「かわちゃんのおじいちゃんの部屋に忘れ物しちゃったの。取りに行ってくれる?」


「忘れ物?」


 俺は恋人どころか玄人のお手伝いさんだったのだろうか。

 呆然とする俺の目の前で、玄人は横になっている楊の頭をパチリと叩いた。

 すると、仰臥していた楊はごろりと玄人に背を向けて横になり、胎児のように体を丸めてクスクスと笑い出すではないか。


「ひどいよ!ひどい。有名なフランスのお店のチョコレート。僕は一欠けらも食べれなかった。今更教えるなんて!かわちゃんは意地悪だよ!」


「ははは。だから死にそうな振りして教えてやったんじゃないか。あれはすごーくおいしいチョコレートだったね。薄いビターチョコの上にナッツとドライフルーツが乗った、芸術品のチョコレート。」


 楊は自分のつぼみのようにした指先にちゅぱっとキスをして、その指先を花が開くようにぱっと開いた。


「ひどーい。かわちゃんのバカ!」


 俺は玄人をからかって大喜びの楊の姿を見ながら、浮気云々の前に、そういえば玄人は食欲しかない人だったとぼんやりと思い出していた。


「クロト、今度のデートはデパ地下に行く?高級チョコレート廻りをしようか。」


 ベッドを転がる楊をバシバシともぐら叩きの様に叩いていた玄人は、ぴょこっと頭をあげると一直線に俺の方に走って来て、ぎゅうと俺に抱きついた。


「淳平君大好き!」


 次の休みは給料日前だが頑張ろう。

 世の中にはカード払い、リボ払いというものがある。

 ベッドの上で俺を小馬鹿にして笑い転げている上司から金を借りたってかまわない。

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