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俺の最期だからさ

 僕に顔を包まれて喜ぶどころか、ダイゴはかちっと硬直した。

 それも、山口の愛犬ゴンタの「ヤバイ、みつかった。」の顔でだ。


「ダイゴ!君は人間の形に戻れることを内緒にしていたね!」


 僕よりも卑怯者だった犬神は、僕の腕の中で犬の姿に一瞬で戻ると、キャウンと鳴いて貸し出し先の杏子の下へと消えてしまった。


「ダイゴ!騙していたなんて酷いよ!」


 ははははは。


 騙されて傷心の僕を笑い飛ばしてくれたのは、ベッドに横たわる楊だ。

 彼の点滴は半分くらいになっており、点滴半量分は回復しているようである。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない。看病して。ほら。」


 僕はベッド脇のパイプ椅子に座りなおし、楊の差し出してきた右手を両手でつかんだ。

 つかんだ右手は死体のように冷たかった。


「いつから目を覚ましていました?」


「最初から意識はあったよ。ただ、目を開けられなかっただけ。お陰で楽しい見世物を知れたけどね。あいつ、凄いいやらしい卑怯者だ!百目鬼がバター犬と呼ぶだけあるね。」


 本当に目が開けられないらしく、楊の目はうつらうつらだ。

 それでも僕を揶揄おうという気力を奮い起こしているらしく、僕は彼の手首を少し抓った。


「いた!酷い。病人に酷いことをするよね。」


「痛いのは生きている証拠でしょう。」


「……死人は痛いって言うよ。死んでいるのに痛いって。」


 彼は誠司のときの記憶を思い出しているのだろう。

 デパートの大火災。

 恋人を焼き、その店内にいた従業員に沢山の家族客までも焼き尽くした、前世の後悔しかない誠司の記憶。

 過去の記憶は今の楊が優の体内の異物を焼く選択が出来なかった事で、今の楊と過去の誠司は違うと受け入れさせた。


 誠司が炎を使う鳥の本来の持ち主であると知らせずに、長谷の持ち物だと思わせて奪った力を返して、それから力の解放を促したやり方と一緒だ。

 長谷は妄執に近いくらいの勢いで、楊を管理している。


「かわちゃん、心配しないで。僕が傍にいてあなたを守ります。だからあなたは僕を守って。何もしないで僕の傍にいてくれるだけでいいから。」


 ハハハと、再び楊は笑い声をあげたが、それは先程とは違う嘘臭い乾いた笑い声だ。

 彼はするりと僕の手の中から彼の手を抜き、その手を自分の目頭に当てて目元を隠してしまった。


「…………俺は、もう駄目だよ。使い物にならない。」


 僕はぽふっと楊の胸元に頭を倒した。

 楊の鼓動を聞きたかったし、彼の手を無理矢理つかむよりもこうしていた方が彼を慰められる気がしたのだ。

 するとすぐに僕は彼に頭を撫でられ始めた。

 小動物をとりあえず可愛がるという、彼の脊髄反射に万歳だ。


「疲れたんだ。守るのも愛するのも。……愛されるのもね。」


 撫でる手がぎゅうっと僕の髪をつかんで、僕は髪の毛をひっぱっられる痛みを少しだけ感じたが、楊の手に任せたままにした。

 結局彼は痛みを与えた辺りを優しい手つきで撫でなおし、僕は自分が彼を慰めているのか、彼に癒されているのかわからなくなってきた。


「俺は――って。寝るなよ。聞けよ。」


「なんかもういいかなって。」


「ふざけるなよ。畜生。俺はもういいよ。このまま死ぬ。今日は物凄くいい思いをしたから、思い残すこともないからね。」


 僕は彼の胸に顔を埋めながら、自分の頬が真っ赤に火照ってしまった事に気がついた。

 僕は楊に徹底的なキスをしたのだ。

 山口や良純和尚が僕に与えるキスのような、素晴らしい感覚を呼び起こすキスを楊にしてしまったのだ。

 楊も返してきて、僕の身の内が燃え盛るに至って、僕がキスを返さないからつまらないと不満をぶちまける彼らの気持ちがよくわかった。


「……あれは、特別です。もうしませんよ。」


「え、違うよ。ちびはエッチ。違うって。――そうか、お前は知らないか。」


 僕は楊の胸からむくりと顔を上げ、僕のキスを否定するその何かを楊から見つけようと彼を見つめ返した。

 見つめられた彼はとろけるような笑顔を僕に向け、僕の頭を撫でていた指先で耳を貸せと僕を誘った。


「俺の最期だからさ、教えてやるよ。」

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