僕と忠臣
意識を失った楊は、優と一緒に院内に疑われることなく患者として普通に引き取られた。
救急センターで楊は何度か目を開け、問診に答えることができたので、彼は過労と貧血だと点滴室へとストレッチャーで運ばれた。
偽の救急隊員に手渡された偽のカルテにより、こん睡状態の優は異物を取り除く緊急手術が行われている。
また、警察署の善之助達がすぐさま来院するので、入院に関しても問題はないだろう。
優に突っ込まれていた死人の精嚢は半年前くらいによるもので、それは右の卵巣を卵巣のう腫で取る手術をした時に入れられたものと思われる。
かなりの体のダメージがあるが回復は可能であり、しばらくすれば通常の生活に戻れるはずだ。
優が死人にはならずに済んだ事にはホッとした。
麻子にはまだ母親が必要だ。
くうん。
犬の鳴き声に足元を見ると、ダイゴが尻尾を振って僕を見上げていた。
「よくやった。ありがとう。これで彼が今までした事も確実に彼のせいじゃないって知ってもらえる。誰よりも優しい警察官を、くだらない死人に台無しにされたくないからね。」
死人化した女性を抱いた男までもが死人化してしまうとは。
それも、泊の性質を色濃く受け継いだ利己的で自分勝手な男へと、だ。
丸彦の相棒は浅はかな劣情に身を任せたがために己を破滅させ、丸彦に飲ませたザクロによって彼を操って自分の悪事を隠す手伝いをさせていた。
わん。
褒められて大喜びの彼に、僕は今まで抱えていた怒りを吐露してしまった。
「死んで欲しくなかった。」
楊の叫びは、僕が大吾を失った時の叫びと同じでもある。
僕が襲撃され殺される為の情報は、呉羽大吾が知らずに殺人者達に流していたのだ。
その罪の意識により、呉羽大吾は死を覚悟の上で、僕の身を守ろうと殺人者達の前に躍り出て殺害されたのである。
前世の僕の死で、前世のダイゴが自刃したのと同じ行動だ。
「僕は君の死を選んだ行動も本当に許せないんだよ。生きている呉羽大吾こそを僕は抱きしめたかった。」
みるみる目の前の大型犬が悲しみで萎んでいく姿に、僕は自分が卑怯者だと思いながら両腕を開いた。
ダイゴを罪悪感で苦しめて自分へと一層縋りつかせる。
なんて嫌らしい卑怯な方法だろう。
卑怯者の僕は少しでも自分の罪悪感を薄めたくて、彼に両腕を広げているのだ。
「実体化しておいで。君を抱きしめたい。」
ダイゴは喜んで僕の腕の中に抱きつくように飛び掛り、僕は彼の重さを感じながら、生前の呉羽大吾の姿を思い浮かべた。
制服の似合うがっしりとした体躯の、真面目そうな精悍な顔立ちをした警察官。
大昔の前世のダイゴの記憶さえなければ、優しい恋人となり、父親となり、全うな人生を送れたはずの素晴らしい男性。
「泣かないでください。自分はこの生き方に満足しています。」
僕は抱きしめた腕の中で妙にしっかりとした声で語る、犬神のはずのダイゴを恐る恐ると目を開けて見直した。
僕の胸に押し付けている頭は人間のものでしかなく、僕の背中をこれ以上ないぐらいぎゅうっと抱きしめている太い腕の感触に、僕は事態の急変を認識してはいたが驚きを隠せるものでない。
人型に実体化できるようになったとは、僕の知らない間にダイゴが進化していたとは!
しかし、進化した事をダイゴ自身も気がついていないのか、彼の背中を撫でる僕の手が止まった事に気がついて訝しそうに顔を上げた。
その顔は僕が大好きだった温かい怖い顔だ。
仁王像のようだと笑われると本人は嫌がっていたが、僕はこの顔が大好きなのである。
そっと、彼の頬を両手で撫でるように包む。
すると、彼は喜ぶどころか失敗したという顔で、目を見開いて僕を見つめ返したではないか。




