さあ、よく見て
メラメラと燃える炎は、燃焼剤と酸素がある限り、燃え盛り続けるものである。
美しく凹凸のある女性の体は脂肪という燃焼剤が男性よりも多く、身につけるものも自殺したいのかと思うほどの可燃物ばかりだ。
あの日の日名子は、燃えやすい化繊のセーターを着込んでいた。
化繊のセーターは簡単に炎が燃え移り、ごうごうと燃え始めたセーターは日名子の体に張り付き、火力が衰え燻っても、じっくりと日名子を完全に焼き尽くした。
美しかった彼女は炭化するほどに焼け焦げ、楊には彼女であるとの判断さえつかない程だ。
「俺が殺したんだ。あんなに愛していたのに。違う女だと手を振り払った。」
「あたしはかわってなんかいなかった。あたしのままだったわよ。」
むっくりと躯が起き上がり、それは再び人の肌の色と輪郭を取り戻していく。
楊が知らなかったが、知っていた女の姿だ。
「俺が愛していたのは日名子だ。お前じゃない。お前じゃなかった。」
「あたしは日名子。日名子だったのに。そのものだったはずよ。」
「違う。君は日名子を殺した。日名子を彼女じゃないものにした。……そうだ。それで俺は日名子を殺したんだ。」
誠司の腕をつかんで放さない彼女に、彼は怖気さえ走ったのだ。
「外見は同じでしょう。」
「違うよ。まるきり違う。でも君も可哀相だ。可哀相な女だ。」
日名子の丸みのある輪郭は角ばった険のあるものとなっており、柔らかかった口元は厚ぼったく固そうな色合いだ。
女というには線が太過ぎ、日名子の小柄な体にはアンバランスな男性的な顔が乗っているのだ。
まるで誠司を空き家の縁の下から引きずり出そうと奮起していたあの男、幼い少年を犯そうと舌なめずりをしていた男の幻影と重なった。
「同じ、同じ。せいちゃん、ねぇ、せいちゃん。あたしを愛してちょうだいな。」
誠司は十歳の子供でしかなかった。
恐怖で叫び声をあげるしか出来ない子供に戻っていた。
「やめろ!近付くな!俺に近付くな!もういやだ!もうやめて!」
楊は後ろから抱かれ、それが玄人であると振り返らずとも気がついていた。
「かわいそうな死人を燃やしますよ。妄執そのものを、後腐れなく。」
楊の目の前で泊サチエが再び炎に巻かれ、今度は輪郭さえも残さずに焼き尽くされる光景を見つめていた。
日名子を殺したのは俺ではない?
彼女は泊によって別の存在になっていた?
俺と付き合っていた時に人格変化が起きた?
「違うよ。日名子は最初から腹に傷跡を持っていた。あいつの中身は泊だった。」
「最初は日名子さんでしょう。でも、結局乗っ取られた。……僕の燃やした内臓を見てください。見えるでしょう。わかりますか?」
楊は真っ黒に焼けて収縮した黒い塊を驚きをもって見つめていた。
大皿に乗っていたチョコレートに乗っていた内臓。
肉体から取り出されたばかりの精嚢が楊の中で浮かび上がり、生の臓器の映像と目の前の焼け焦げて石のようになった残骸と重ならないのに重なって、ライトがチカチカ点灯するように楊に訴えかけている。
「……もしかして、睾丸ていうか精嚢?」
「美しい女には、男の人は決してなれないものですからね。可哀相に。捨ててしまいたいそのものが、彼そのものに成り代わって死人として生き延びてきたなんてね。」
呆然とする楊の目の前の情景は、徐々に輪郭を取り戻し、目の前には台に横たわる美貌の今井優が横たわっていた。
楊が気が付けば、彼と玄人は動く救急車の中に並んで座っていたのである。
「優さんのどこにあんなの埋めたの。」
「卵巣の場所でしょうか。片方の卵巣が機能している限り女性でいられますからね。交わって死人化させた男には、ザクロを与えることで奴隷のように扱えます。直人もそれで、ですね。彼を死人にしたのは優ではなくもう一個の精嚢の入れ物の方ですが。」
「入れ物って、お前は。それでちびはザクロの事を知っていたの?」
「死体安置所で大合唱だったじゃないですか。ザクロを、ザクロをって。ザクロを食べて生者に戻れれば死ねるかもって。気持ち悪い腐ったイクラのようなイメージもバンバン飛んできて、もう五月蝿くて。」
「ねえ。吐いて良い?」
玄人は車内にあった洗面器のようなものを楊に慌てて差出して、楊はそれを抱えると、飛び込むように車内後部へと動いた。
楊は情けなくも車内の隅で豪快に吐くだけ吐いて、そして、体が動かなくなっていくのを感じていた。
自分の吐しゃ物に顔を突っ込まなかったのは、咄嗟に玄人が楊を抱え込んでくれたからでしかない。
楊は玄人に抱かれながら、何もしたくないとそのまま目を瞑った。




