僕達は一つになる
僕の嘘のないはずの世界は長谷のせいで嘘だらけとなってしまった。
僕を小柄で胸の大きな女性にするとはどういうことだ!
それとも、干渉して来たという事は駄目なのか?
この方法は望んでいないということか?
しかし僕は楊とイメージを共有せねばならないという目的がある。
「いいから。さぁ、思い切りかわちゃんのよっちゃんを奔らせて。さぁ、僕のかわいいオコジョを一匹放ちますよ。あの子にシンクロさせて!」
ボシュゥウ。
白いオコジョは何時もより大きく、山猫くらいの大きさだった。
違う。
僕が出したはずのオコジョは、近所の飼い猫によく似た猫の姿をしていたのだ。
とてつもなく大きな、メインクーンという種類の三毛猫のぽん子。
だが、僕が出したはずなのに、その猫は僕が見た事もない毛色、真っ白の体に銀色のトラ模様のある青い目の姿だった。
どうして?
記憶を戻したくないくせに、どうして前世の誠司が可愛がっていた飼い猫をここに出現させたの!
「アメリ!」
猫に叫んだ楊は、そのまま崩れ落ちて跪いた。
彼は立ちひざの状態で両手で顔を覆っている。
「無理だよ!俺は無理だ!怖くて怖くてできやしない!燃やせない、殺せない。俺は誰も殺したくない。」
「かわちゃん?」
「俺が動けばドミノのように人が次々に死ぬんだよ!」
世界は一瞬でただの死体安置所になり、僕は子供のように跪いたまま泣き出してしまった楊をただただ抱きしめた。
「情けない。できない。俺にはできない。ごめん、ちび。ごめん。お前の身内を俺は助けてあげられない。駄目なんだよ。俺は人殺ししか出来ないんだ。ごめん。ちび。」
ぎゅうと抱きしめる腕の中で謝り続ける男に、僕は長谷の恐れがよくわかった。
彼は遅かれ早かれ自らを殺す選択をするだろう。
自分の責任でない級友の死に絶望を持って死に急いだのは、彼の魂に刻まれている誠司の時代の恐怖と後悔、そして絶望によるものかもしれない。
きっと誠司という男は、皆を守ろうとして、一緒に泥に塗れて、そして、身動きが出来ないまま大事な人を次々と死なせてしまう結果となってしまったのに違いない。
楊を死なせないためには、僕はどうすればいい?
僕は解剖台に寄りかかって悠然と僕達を見下ろしている長谷の顔に、この死人事件は彼が引き起こしたのだと確信した。
どうせ馬鹿が同じ道を歩むのならば、罪の無いものを巻き込まないようにコントロールするべきだ。
そして、彼が望むのは、思い出した記憶で自らを殺さないように、楊に枷をかけることだ。
彼は自分の子供を守るためならば、きっと何だってするのだ。
良純和尚と同じようで違う思考回路。
良純和尚は放っておく。
「人間はいつだって止めるっていう選択肢を選べる生き物なんだよ。」
では、僕は?
僕は長谷に同調する。
死神の僕は人でない長谷の位置に立つものであるからだ。
「かわちゃん。いいよ。大丈夫。方法を変えます。僕はあなたを乗っ取り、僕があなたの力を使います。あなたは僕に体を預けて僕を受け入れるだけで良い。誰も殺したくなければ、何もしないで力を抜いて。もう、何もしなくていいです。僕はかわちゃんが僕の傍にいてくれるだけで嬉しいのだから、何もしなくていいですよ。」
ゆっくりと顔を上げた僕の大好きな楊は、僕を初めて見た生き物のようだと驚きを持って見つめるだけだ。
僕は抱きしめていた腕をゆっくりと解いて、彼の頭を包むように持ち上げた。
「さぁ、僕を受け入れて。」
「駄目だ!お前を人殺しにできない!。」
「かわちゃんが僕の中にいれば、僕は人殺しにはならない。さぁ、僕を受け入れて。」
髙が息を呑んだ音と、長谷の哄笑が聞こえたがどうでもよい。
ここにはギャラリーが多過ぎるがかまいはしない。
ここは墓標だ。
彼らは過去の幽霊。
生ある僕達が口づけを交わすぐらいなんてことは無いのだ。
そして、僕は楊に口付けながら、僕は楊がどうとか身内の命がどうとか理由をつけていたが、本当は彼を抱きしめて彼と口づけを交わしたかったのだと自らに認めた。
僕には性欲など無いのに、楊だけには触れていたいのだと。
だって、彼だけは僕を奪わないから。




