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一方こちらでは!

 水野が警察署に辿り着き、二人分のコロコロ鞄を持って自分の部署の廊下に足を踏み入れたその時、山口によって跪かせられている丸彦が大量の血を吐く場面に出くわした。


「どうしたの!早く病院!」


 水野が叫んだ声に被さるように、水野の思い人の声が轟いた。


「畜生!クロ!美智花、あいつを連れて行った奴にお前は会わなかったか。」


「いや。誰ともすれ違わなかった。」


 思い人に名前を呼ばれたことを喜ぶ自分を戒めつつ、彼女は現場を見回した。

 部署の入り口に男性の脚が転がっている。


「兄さん!脚、誰かが倒れている!」


 叫びながら水野は鞄を放り投げ、部署の方へと走った。

 彼女の指摘に彼女よりも入り口近くにいた葉山と五月女も踵を返した。

 彼らが見つけた今井直人は、外傷はないようだが意識もなく、目と口を開けて横たわっている。


「ちくしょう。救急車!救急車を早く!」


「葉山さん。此方にいらした今井優さんがいません。クロさんと同時ですか?同時に誘拐ですか?自分達に一切気づかれずにですか?」


「え?何が起こったの?」


「どうもこうもねぇよ。クロが消えたんだよ。」


 激しく動揺している百目鬼の様子に水野は呆然としながら、彼女がこの廊下に辿り着いた時の最初の出来事、丸彦の現場を見返した。

 戒めは外され、山口によって介抱されて既にストレッチャーにまでも乗せられている。

 玄人が消えたら山口こそは動揺して使い物にならなくなるものではないのか、と、水野の思考が聞こえたかのように山口が水野に振り返り、彼は情けなさそうな顔で微笑んだ。


「山さん。ここの人も病院に。君は大丈夫なのかい?」


 葉山の呼びかけに山口は軽く肩を竦めると、傍の救護係にもう一つのストレッチャーの指示をし、そして、水野達に再び振り返った。


「クロトは絶対に大丈夫ですから、ですから、皆さん一先ず部署に入って。落ち着いて。彼の連絡を待ちましょう。」


「こうしている間にあいつが殺されたりしたら。」


 水野は冷静な様子の山口に、やはり十年近く刑事をやっているベテランなのだと尊敬を持って驚き、百目鬼の動揺にも驚いていた。

 何があっても悠然と構えていた男は、今はただの小市民の一人に成り下がっているではないか。

 水野は自分が消えても彼はこのようには成らない筈だと思うと悲しさまで湧き上がってきたのを感じた。

 つん。

 水野の頭を軽く突いたのは山口だ、彼はやるせない微笑みを彼女に見せると、廊下で騒ぎ慄く全員に部屋に戻れと両手を振って追い立て始めた。


「さあさあ、皆さん後は部署の中でお願いします。良純さん、今の彼は簡単に殺せませんよ。誘拐される事もありません。それでも行方不明に為ったのならば、彼に考えがあるはずです。僕達はここで静に待っていれば大丈夫です。」


「でも、お母さんもいないのでしょう。クロちゃんがお母さんと一緒に誘拐されたなら、悪い人の言いなりになるのではなくて。」


「あぁ、そうか。そういうことか。麻子、お前は純な良い子だよなぁ。」


 水野が初めて見た少女は、百目鬼の左の袂を引きあどけない様子で彼を伺い、その姿に目を細める彼に頭を撫でられていた。

 麻子の言葉で不安になるどころか安心した百目鬼の思考回路に水野は首を傾げたが、少女を撫でるごとに百目鬼の先程からの緊張が緩むのを知り、少し少女に嫉妬を感じたそのまま少女の反対側の百目鬼の腕にしがみ付いた。


 しかし、百目鬼は楊と違って敢えて嫌らしい流し目で水野を見下ろしてきたので、居た堪れなくなった水野はこの百戦錬磨らしい鬼から手を離した。


「お前は本気で純な奴だな。」

「兄さんはいやらしい。」


 ハハハといい声で笑う百目鬼に、五月女が青い顔で身を乗り出した。


「ちょっと、心配じゃないのですか?そうですよ。あの可憐なクロさんが自分一人で逃げるなんて。逃げられるはず無いじゃないですか。」


「お前は純すぎるよ。……よくわかったよ。無事なんだな。淳。」


「え、え、え?クロさんは一人で逃げる人ですか?」


 想い人を思い違いしていた事実が身に染み始めた新人は、自分の未来を思ったか真っ青な顔で挙動不審に為っていた。

 そこに止めを刺すのは、百目鬼以上に玄人と付き合いの長い親戚の登場である。


「逃げるというよりは、いい状況だなって考えるでしょう。母親が行方不明ならば、麻子が完全に橋場の保護下に入るってね。あの子は実を取るから。」


「孝継おじさん?うそ、クロちゃんてそんな人なの?」


「あんたは幼い頃のあいつの親代わりでもあるせいか、あいつのことを良く知っているよな。あるいはあんたにあいつは似たのか。」


 百目鬼の言葉に、橋場の顔と名高い橋場孝継は、テレビコマーシャルのような最高の笑顔を返していた。

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