死人を担いで逃げた先
「思い切ったことをするね。」
「ご協力感謝します。死体を片付けるのが一人では面倒で。」
「え、もう殺しちゃったの?」
「まだです。生きている部分が大きいから助言も頂きたかったし。無理でしたら処分するしかないですが。困ったなぁ。この部屋、適当な山に移動できます?穴を掘るのも面倒ですから、雪山かどこかに放ってしまおうかと。」
「僕は君のそういうところが大好きだよ。」
僕は知り合いの家に優を連れ込んでいた。
麻子の目の前で母親を殺すわけにはいかないし、死なないですむ方法をこの魔物は知っている気がしたからだ。
部屋を演出する色合いだけのために敷かれた安っぽい絨毯に優を転がしてホッとしたのもつかの間、僕は僕が贈った応接セットから二組の呆れた視線が僕を射抜いていることに気がついてしまった。
「かわちゃん達は仕事も放って寛いでいたくせに!」
僕は自分の悪行をごまかすのに、彼らに逆ギレするので精一杯だった。
百戦錬磨の魔物は、楊が良くやるようにして、僕から背を向けてしゃがみ込んでの大笑いだ。
畜生。
「ふざけんな、馬鹿!お仕事中にそこの馬鹿に呼ばれちゃったの。こっちは大量の細切れ死人を抱えててさ、てんてこ舞いなのにってね。それでお前、刑事の前で人殺しを宣言しやがって。俺がお前を逮捕しなければいけないだろうが!」
楊は丸い小さなスツールから立ち上がると、ずかずかと僕のそばに来て、僕の獲物を見下ろした。
「で、誰なのこの人。ねぇ、髙、君も来てよ!それで、説明して頂戴よ。」
僕によって完全に眠らされた彼女は、この部屋では彼女を乗っ取った人間の顔形になっていたのである。
麻子の母の今井優よりも年若い彼女は、優よりも、それどころか大体の女性からは美しさでは敵わない外見の女性である。
優の外見が自分自身に代わるのを本気で嫌がっていた理由を知り、少々同情心が芽生えたほどだ。
足音を立てない髙が傍に来た気配に顔を上げると、髙は僕の獲物に対し、口元を抑えての驚いた素振りを見せていた。
「泊サチエですね。」
「え、髙は知っていたの?」
「泊サチエは自分の内臓を気に入った美貌の女性達に移し変えて体の乗っ取りを続けている死人です。最後には結局自分の顔になるからと、別の自分に内臓を取り出させた後に死人化した古い肉体を粉々に潰すのですよ。」
「詳しいね。」
「……かわさんは、あの手帳を全然読んでないのですね。」
「手帳って何ですか?」
髙の指摘に不貞腐れたように顔を背けた楊の様子から、僕は何の話だろうと尋ねていた。
しかし、楊はあからさまに僕からふいっと目線を逸らし、髙はいつものように肩をすくめて見せた。
話す気が無いと僕は楊を見つめ、すると、汚れた場所から見つかった証拠品らしき手帳が僕の脳裏に浮かんだ。
楊はそれを開いてすぐに閉じた。
その映像で終わりだ。
刑事だったら目を通すものでは無いのかと、僕は楊の曽祖父である長谷に視線を投げかけた。
視線を受けた彼は悪戯そうな視線を返して笑うだけだ。
楊の行動は、長谷の術によるものか?
そうか。
僕が見た僕の知っている楊の真実を、長谷も楊から隠したいのだ。
愛する子供が壊れてしまわないように。
思い出してしまわないように。
僕は指をぱちりと鳴らして、優本来の美貌を表に出した。
「うわ。今井優だ!橋場のもうひとつの顔。」
「かわさんは、そっちは詳しいよね。」
「うるさいよ。若い男なんだからいいでしょう。彼女は四十代半ばには思えない美女だよねぇ。」
鼻の下を伸ばす楊に、僕はもう一度泊に戻そうかと指を鳴らしそうだった。
気がそがれたのは、楊が真面目な顔を作って僕を見つめたからだ。
彼は僕が「殺さない」以外の選択をしないと受け入れないと表情で語っている。
僕に殺しはさせないが、彼が引き受けるだろう表情。
「で、ちび。どうするの?」
「殺しますよ。僕がね。」
ひゅうっと息を呑んだ楊の後ろでは、髙がぴんと張り詰めた静寂を僕に送ってきた。
するとその髙の恐ろしさから僕を守るようにか、僕はそっと両肩を後ろから抱かれた。
その人物は、当り前だが僕と同じ死の世界側の長谷である。
「ちび!」
かわちゃん、僕達は生者の側で無いからこそ、生者の世界を乱す死者の後始末をするべきなんだよ。




