そうして事が起きた
俺は目の前で起してしまった失態に、頭の芯まで怒りで焼き切れそうであった。
俺の保護下に有るものは全て俺の所有物であり、俺以外の手に渡してはならないモノだ。
目の前で掬い上げるように大男に捕まえられた麻子は、無造作に抱き上げられた小さな子猫のような怯えた表情で固まり、俺ではなく善之助に助けを求める目で見つめていた。
「二つなき身の麻子に傷ひとつ付けて御覧なさいよ。橋場の全力を挙げて後悔などと生温い思いができない身の上にさせてあげましょうとも。」
善之助は俺同様に、否、俺以上に怒りに満ちており、間抜な老人の衣を脱ぎ捨てて大企業を率いるトップの威厳と冷酷さを纏っている。
可哀相に、この刑事の未来は消えた。
そして、麻子を脇の下に腕を入れる形で後ろから抱きしめてぶら下げている男は、そんな状況に自らを陥らせた自分の行動を信じられない顔で俺達を見回しているのだ。
「畜生が。」
自分で自分を制御できない男に、俺達の大事な幼子が奪われたのだ。
麻子が尚更危険だ。
俺は麻子を取り戻すべく、男を威嚇しながらも、じりじりと間合いを詰めるように動き始めた。
「丸彦さん!ゆっくり、ゆっくり麻子ちゃんを下ろして。大丈夫ですから。何もしませんから。わかってますから。さぁ。」
俺よりも事態を把握しているらしき山口が大声をかけ、やはり俺と同じような動きをしながらも俺の詰めている間合いの反対に陣取った。
彼は見えるように左の手のひらを善之助達に見せて、彼らに動くなという指示までも与えている。
普段の馬鹿な振る舞いで騙されるが、彼は髙に教育された優秀な元公安の兵士でもあるのだ。
「淳平さん。」
畜生。
麻子は俺ではなく山口に助けられたいという表情だ。
橋場達はいつの間にか部署から出てきていた葉山と五月女によって守られるように庇われ、彼らも丸彦の一挙一動を逃さない目で見張っている。
「大丈夫です。わかっています。自分の意志の行動ではないぐらい。ですから、集中して。ゆっくりと麻子ちゃんを解放するって考えてください。」
大男は何か喋ろうと口を何度もぱくぱくして、そして、ようやく、彼は苦しそうに息を吐きながら声を振り絞った。
「……はあ、…………いま、いまの、のうちに、彼女を!」
俺の方へ麻子は放られて、俺は慌てて腕を差しだした。
そして、俺が麻子を抱きとめて安堵の溜息をついた脇では、丸彦が山口に拘束されていた。
丸彦は抵抗の意志も見せず、ただ、歯を食いしばって自分の意識で自分を縛っているようだ。
そんな彼を床に押し付け、山口は淡々と後ろ手に縛っていく。
それを横目に善之助達が麻子を受け取りに走りこんできて、俺はようやく大事なものが奪われた事に気がついたのである。
「畜生。クロを奪う為の目くらましか。」
かは。
丸彦は大量の血反吐を廊下に吐き出して、真っ赤な自分の血だまりの中にそのまま崩れ落ちた。




