次から次へと!
「あ、麻子!」
僕達に気が付いた善之助と孝継は嬉しそうにワラワラと此方に向かってきて、当たり前だが、僕達を素通りして麻子の元へと一直線に行ってしまった。
「大丈夫か!お母さんと話したのだが、もう僕の養子になっちゃいなさい。麻子は今井麻子でなく橋場麻子と名乗ろう。本当のうちの子なんだから。」
善之助がそういいながら麻子をぎゅうっと抱きしめた。
「学校に転校手続きを申し入れたらね、手の平返しで頭にきたよ。勝手に動いて悪かったけどね、あの学校をあと一年通うよりも別の学校でもいいんじゃないかって思うのだけど、どうだい?我が家から通える良い学校は一杯あるからね。ウチに来なさい。全く、女優の黒澤恵子が娘をエースにしたいと顧問にごり押しをしていたそうだ。うちのグラウンドで娘がプレーしたら、僕達の目に自分が止まると思ったらしいよ、あの女優は!全く驚いたよ。僕の大事な麻子をそんなくだらない大人達が苛めていたなんて。」
整った顔立ちを真っ赤に歪めて孝継が善之助から麻子を奪うように引っ張ると、そのまま善之助と同じようにぎゅうと麻子を抱きしめた。
交互に取り合うように抱きしめられる麻子は呆然としており、僕もその光景に呆然としていた。
なんて僕の保護者は有能なのだろう。
「良純さん。何をしたのですか?」
彼は軽く肩を竦めて、にやりと微笑んだ。
「何もしていないよ。まぁね、善之助と孝継に同時に送ったメールには、麻子を預かるから心配するなと旅行の日程と、麻子の学校には麻子が橋場の娘だと伝えた事があるか?って書いたけどね。糞顧問にこんなこと言われてたぞってのも付け加えたか。普通の娘として育てたいって、麻子が橋場の親族だって事を隠していたんだろ。孝継が自分の姪だって学校に電話した途端に手の平返しだったそうだね。一般人の娘には何をしてもいいって酷い学校があったものだよ。後は、大人が片付ける問題。」
良純和尚は軽く首を回すと、楊の部署の中で僕達を、正確に言うと麻子と非常識橋場の騒ぎを遠目に見ている今井優とその配偶者の下へと歩いていった。
半年前に優と結婚した日向直人、今は今井直人だが、彼は近付く長身の美僧に恐れと畏敬の念を持って目を見開いて見上げていた。
モデルの妻よりも背が高く見た目も整った男であるが、完璧な造型を持つ百目鬼良純に敵う者はいないであろう。
良純和尚は直人を鼻先でふっと笑うと、既に尻尾を丸めた負け犬の脅えを発している直人に身を寄せて、低い低いいい声で小物に止めを刺した。
つまり物凄く怖い声だ。
「あの子ほど言葉を信用されている子供はいませんね。真っ当な躾をされている子供には、横からの余計な物言いは雑音でしかないのですよ。おわかりですか?」
「は、はい。そうですね。」
完全に良純和尚の空気に飲まれて完全に小さくなっている直人を視界の隅に、僕は事態の急展開を受け入れながらも静に怒りを抱いている女性を観察していた。
彼女は僕が知っている優ではない。
あの、人が良過ぎて好感度は高いのに仕事を手に出来ない、我が親族としてふさわしい間抜けさが消えているのである。
あそこに立つ彼女は狡猾で猜疑心が強く、自分自身が大好きなのに今の顔が自分の顔に変わることが怖くて仕方がない別の人間だ。
そいつが乗っ取った今井優は、美しさでは芸能界で五指に入る程の美女なのである。
ところが、僕の物思いを破る友人の声が響いた。
「あ、クロト!まさ君は!まさ君はどうしたの!全く連絡がつかないのよ!」
警察庁のエリート警視長を父に持つ金虫梨々子は、松野葉子というマツノグループの総裁を祖母にも持つ十八歳の生粋のお嬢様であり、一七〇の長身にアーモンドアイの美しい顔を持つモデル系美人でもある。
金持ちの年若い少女を婚約者にした楊が責められそうだが、彼女こそ隠し撮りした楊の写真で溢れる部屋に住む楊のストーカーでしかない。
実際は楊の方が蜘蛛の巣に掛かったモンシロチョウと言えるだろう。
可哀相な楊。
「仕事中は電源オフなものでしょ。」
「オフだろうと三十分おきに自動電源が入って居場所を私のパソコンに知らせる設定はしてあるの!それなのに十四時過ぎから信号が消えたの!私の技術で彼の所在地を突き止められないのよ。彼は誰かに誘拐されたの?」
彼女は電脳オタクでもある。
スマートフォンを完全にジャックされていたとは。
宇宙人にインプラントされて監視下に置かれた人間のような楊の実情に、僕の同情心がこんこんと湧くばかりだ。
「僕がかわちゃんがどこにいるのか知っている訳ないし、連絡なくいなくなるのは刑事なんだから当たり前でしょう。刑事の妻になるんだったら耐えなさいよ。そうでしょう、杏子ちゃん。」
「酷い物言い。クロトって時々黒いよね。」
こそっと、僕と良純和尚に二股をかけている僕の恋人が囁いた。
しかし、僕はそれどころではなく、梨々子を追い払いたい気持ちで一杯で、彼女の後に続いて現れた後三ヵ月ちょい後には子供が生まれる髙の妻、杏子の顔をじっと見た。




