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賢い娘とバカ息子

 祖父が悲しむと言えば、麻子は俺の息子を代わりにやれば平気だと言い返した。

 そこで俺は橋場家のもう一人の非常識を持ちだした。


「家に帰りたくないならな、横浜の孝継たかつぐの所に行くのはどうだ。あいつもお前にはウザイぐらいにお前を可愛がる親父だろ。」


 橋場の次男で、実質上の経営者トップの孝継は、善之助の亡妻にそっくりな美中年である。

 彼はその外見のためか露出を好み、橋場の顔そのものと世間では有名だ。

 けれども悲しい事に、彼は母親の浮気の子だという。

 そして、そんな身の上の彼は、血の繋がらない父親の善之助をこよなく愛し尊敬しているので、善之助の血を引く長男の娘である麻子は、娘同然どころか大事なお姫様なのである。


「クロちゃんがお爺ちゃん家に行けば、孝継伯父さんは喜んでお爺ちゃん家に突撃しちゃうわよ。最近は大きなパネルにしたクロちゃんの写真を社長室に飾ったじゃない。」


「…………知っている。俺もあれを見た時は気が遠くなったからな。転寝している身内の写真を大きくして飾る意味がわからねぇよ。」


 俺も最近孝継の社長室に出向く用事があり、扉を開けてまず大きなそのパネルが目に入った事で、用事など放り出して帰ってしまおうと思ったほどだ。

 よく撮れたからと無防備に非常識な奴に写真を送るものではないと、俺は本気で思い知った。

 創造ではなく解体の方を好む破壊的な孝継は、やはり破壊的に玄人を我が子同然に愛しているのである。

 あの非常識な橋場連中め。


「孝継伯父さんにとって、クロちゃんは、あたしよりも子供同然だもの。」


 俺が麻子にかける言葉を無くした事を賢い彼女が気づいたか、彼女はポツリと呟いた。


「いいの。当たり前。あたしよりもクロちゃんの方がずっと可愛いし。」


 今迄気丈だった麻子は弱々しく顔を伏せた。

 今年の四月には中学三年になるはずの麻子は、美人として名高いモデルの母親とは全く似ていない。

 小柄で筋張って厳つい顔立ちという、橋場の血を色濃く引き継いでしまっているのである。


「お前はお前で十分可愛いだろうが。」


 高い頬骨に小さく鋭角的な目がきりっと輝くその顔は、美人顔ではないが理知的で清々しい。

 実際に麻子は勉強ができる方だ。

 俺は個人的には、麻子の顔も、常識的な性格も気に入っている。

 欲を言えば、釜を被ったようなこの髪型をどうにかしたら、俺はもっと彼女を好きになってやるだろう。

 どうして麻子はこんな髪型をしているのか。

 数ヶ月前に会った頃はスポーツ少女らしいショートの髪型をして、少年のような姿が清々しく可愛らしくあったというのに、だ。


 彼女は俺の言葉に嘘を感じなかったからか、俯けていた顔を上げ、目を丸くして俺を見つめている。

 血も上らせているようで、白い雪のような肌がほんのりと桃饅頭のように染まっていた。

 彼女は俺を見つめたままごくりとつばを飲み込み、そして、何か言おうとして決意を見せて口を開きかけたが、すぐさま口を閉じると再びちゃぶ台の天板を見つめはじめてしまった。


 このままでは俺に乗せられて帰宅させられると気づいたのだろう。

 麻子は賢い子だ。

 大正レトロ風味の室内装飾の八畳間の和室で、昔ながらのちゃぶ台を挟んで座る俺達は、親父と娘のようでもある。


 娘は父親の意志を変えようと頑張っている。


 気づけば俺は無意識の内に胡坐を解いて右片膝をたてており、膝に右肘を乗せて手の甲に顎を乗せると天井を見上げてため息混じりに呟いた。


「どうしようかな。」


 カス。


 それは、息子のような娘のような俺の不器用な子供が、襖を開くのに失敗した音だ。

 居間と仏間を繋ぐ襖は、開かずの扉となっている。

 俺の師であり俺を養子とした俊明和尚の愛用していた特注の籐家具が、仏間側の襖の前に鎮座しているからだ。

 そこを居間の様子を知りたいとこっそり開けたつもりで、彼は襖を形見の大事な座椅子にぶつけたのだろう。


 この居間には三方開口部があるが、縁側と台所側の襖は障子である。

 縁側は外の明かりで影が映るからとそのままだが、台所側は賢い麻子が玄人が立ち聞きしないようにと敢えて小さく開けているのだ。

 俺がこんなに小賢しい麻子を気に入らない訳が無い。


 俺も俺の目の前の少女も自然とその音のした方に目線を動かし、襖の間で固まっている間抜けな生き物の姿を認めることとなった。

 五センチほどの隙間からでも十分動揺していることが分かる、大きく目を見開いた美女は、俺の養子であり二十一歳のXXYである。

 武本家の御曹司である彼が俺の養子となったのは、飯綱使いというふざけた一族の血によるものか、彼は何度も狙われて呪われて殺されかけたからである。

 橋場家とは違った非常識だ。


 当初は彼の相談役でしかなかった俺は、死の床にいる彼から親族達に追い払われたのである。

 最期ぐらいは家族だけで見送りたいから、と。

 家族同然に見守り、任意代理人という後見人にまでなった俺は家族ではないのか?

 そこで俺は彼を親族から奪うために養子にしたが、苗字が変わった事で呪い返しになったというからお笑いだ。


 おまけに少年であった体の上半身が女性化までしてしまったのだ。

 それは武本家自体がお笑いの一族なのだから仕方がないのであろう。

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