僕はお兄さんらしいよ?
僕達が佐藤達を迎えに相模原東署に辿り着いた時、楊の部署では大きな混乱の真っ最中であった。
連絡の取れない楊と髙の居場所を求めての彼らの妻と妻候補が部署に押しかけ、その上、麻子の身柄を取り戻そうと先回りしていた麻子の母と配偶者と、麻子を渡さんと馳せ参じた非常識橋場組の孝継と善之助である。
僕と良純和尚は顔を見合わせ、自分達が彼らに認識される前に佐藤達に待ち合わせ場所の変更メールを打とうと無言で合致し、同時にスマートフォンを取り出して実行しようとしていた。
していたのは、未遂で終わったからだ。
時々淳平は目敏いだけの本当の間抜けとなる。
「あ。麻子ちゃんだ。久しぶり。」
「山口さん!」
前言撤回だ。
淳平は出来る恐ろしい男だ。
淳平を目にした一瞬で、あの鬱々していた麻子が見るからに元気になったのである。
これならば少しくらい彼女の事で大人が揉めても、彼女が落ち込むことなどないだろう。
そして、淳平と嬉しそうにお喋りを始めて明るくなった麻子の姿に悠然と微笑む良純和尚の顔に、彼がスマートフォンで淳平を呼び出したのだと承知した。
従って、待ち合わせ場所変更メールを水野達に出そうと考えていた人でなしは、僕一人って事だ。
はは。
楊にも黒いと言われてしまったし、もう少し僕は自分を変える必要があるのだろうか。
「良純さんは流石ですね。」
「淳も麻子はお気に入りだからな。お前は淳にメールもしていないのかよ。酷い奴。」
僕は自分を掘り下げることを止めて、目の前の出来事に集中するだけにした。
昨年に橋場家の四男が殺された時、僕と一緒に橋場家に滞在していた淳平が、命を狙われていて脅えていた麻子に色々と気遣いを見せていたことを思い出した。
付き合いが長く親族であるはずの僕があからさまに麻子に追い払われていたのに、麻子にとっての初対面であるはずの淳平が、なんと実の兄のように麻子に頼られて、麻子にべったりと纏わりつかれていたのだ。
「クロちゃんと恋人になれて良かったわね。」
え?
僕は麻子の言葉に耳を疑った。
淳平は同性愛者だと公言を憚らない男であったが、当時十三歳の少女にまで僕を狙っていると放言していたのか、なんと恐ろしい奴。
「麻子ちゃんの応援のお陰だよ。同性愛者を受け入れられるって、君は優しいよ。クッキーの箱の底にあった君からの手紙。頑張れって応援とクロトの好みまで書いてくれていて、僕はもう大感激だったよ。君が焼いたクッキーは凄くおいしかったしね。」
「ふふ。大好きな人が幸せなのが一番でしょう。あたしは山口さんにお兄さんになって欲しいなって。クロちゃんはお兄ちゃんみたいなものだし。クロちゃんの恋人ならば、あたしのお兄さん同然かなって。でも、……あたしが妹だと嫌ですか?」
「まさか!喜んで、だよ。君こそこんな僕がお兄さんで嫌じゃないの?」
僕は淳平に僕が麻子にお兄さん扱いされた事など無い真実を訴えたかったが、当の淳平は麻子の言葉に見るからに喜んでおり、喜びから目を煌めかせて王子様風貌に変化していた。
僕は黙っているしかないだろう。
だって麻子は王子化した淳平の姿に、アイドルを囲むファンのようにして、純粋に「きゃあ!」という感じで喜んでいるのだし。
「ぜんぜん、ぜんぜん。凄くうれしい!」
ほら、僕はお兄さんだしね。
ああ、棒読み。
「ねえ、あたしが嫌じゃ無いなら、あのそれ、それじゃあ。あたしはこれから淳兄さんって呼んでいい?」
「勿論だよ。じゃあ、麻子ちゃんは、もっと砕けて麻ちゃんだ。」
「わぁ。淳兄さん、大好き。」
麻子は普通の女子中学生のようにキャーと騒いで、なんと淳平に抱きついた。
そして淳平は矢張り兄のようにして、麻子を抱きしめ返しているではないか。
淳平と麻子の二人の気軽な逢瀬を目の前にして驚いて目を見張るばかりの僕は、横に立つ良純和尚を見上げて呆然と尋ねていた。
「麻子が知っていたの、知っていた?」
返事がないところを見ると、彼は本気で知らなくて、本気で僕と淳平の事を麻子から隠す心積もりであったらしい。
もしかして、良純和尚こそ純な人なのだろうか。
「淳が俺にも惚れているって、麻子に伝えたらどうなるかな?」
矢張り、彼はただの鬼でしかないようで、僕はそんな彼に非常にホッとした。
人でなしは僕だけじゃなかった!




