お前は良い弟分
「あんたが俺達を哀れんで会社に雇ったり家を与えてくれたけどね、仲間に施しを受ける俺達のプライドって何だよ。愚連隊で暴れていた頃が懐かしいよ。上も下もなく俺達それぞれが自分の手で稼いで、男としていられた。俺を警察に突き出せよ。かまわねぇよ。」
勝手の仲間、神保は過去の楊を罵った。
楊は仲間を失いたくないために、金で友人を囲っていたと、自分に認めた。
神保が言う通りに、楊こそ肩を寄せ合って生きて来た仲間の懐が手放したくないと縋っており、そんな自分を情けない思いで認めるしかなかったのだ。
せっかくの金を彼らを囲うのに使うのではなく、彼らに投資という形で使えば良かったのだ。
目の前の友人が道を誤ったのは、全て彼の傲慢が成した所業のせいだ。
「わかったよ。でもな、せっかく襲うならば正義を傘に着なければ意味ないじゃないか。ねずみ小僧のようね。俺も愚連隊の頃が懐かしいからさ、また一緒に暴れようか。それもさ、世界の価値観を壊してやるんだ。できるか?」
「誠司さん。」
そうして相良誠司は三條英明という希代のテロリストとなったのである。
前世の過去を思い出しながら、楊は顔を天井に仰向け、そして、大きく息を吐いた。
「俺はね、どうしようかね。」
「どうしようかって、なんだよ。」
楊は顔を再び八重に向けた。
八重はそこで息を飲んだ。
八重が警察署で見て来た同僚の顔でありながら、自分が今目の前にしている表情は楊のものでは無いと、否、こんな顔が出来る男だったとはと、八重はたじろいだのだ。
「かわやな……ぎ、お前は何を考えて。」
楊の様変わりした顔つきに恐れをなしたか、八重は先程までの虚勢が剥れ始めたかのような声を出していた。
楊の目は表情の見えないガラス玉のようだと思い、しかしすぐに楊がどんな感情を目玉に浮かべていたかなど知らなかったと八重は気が付いたのである。
楊は所内の誰ともふざけ合い、いつでも楽しそうな振る舞いで周囲を沸かせてはいるが、誰も楊に見つめられていたことが無いでは無いかと、それでは彼の本意など誰も知り得なかったのではないかと、気が付いたのだ。
八重は楊に初めて見つめられているのだと気が付き、自分がようやく特別な人間になったと考えるよりも、この見ず知らずの同僚の視線によって背中にぞっと悪寒までも走っていた。
死んでいる自分に悪寒が走るとは、と自嘲しながら。
「いやね、昔みたいにお前みたいな奴の大将になってもいいがよ、面倒臭いなって思っただけだよ。」
「は、はは。俺はお前には面倒臭い程度ってか。それがお前の本性かよ。落ちている生き物は全部拾って守るのがお前って、嘘ばかりか。」
「だってお前は可愛くないじゃん。」
「てめっ。」
「決めた。お前はここで愛人と一緒に人に戻れ。死体という人にね。」
「ゾンビの俺を殺せるものか。」
楊はふうと息を吐くと、胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
そうしてにっこりと八重に笑った彼は、可愛い自分の弟分に電話をかけた。
「ちび、俺の目の前の二体の死人を消してくれるかな。」
楊はスマートフォンを耳に充てながら、目の前のくだらない男とくだらない男に惚れ込んだ哀れな女が、ガクリと力を失い崩れ落ちる姿を眺めていた。
三條であった自分が死を呼ぶのは当たり前だと、受け入れるしかない現実を受け入れながら、彼は自殺に走った二十代の頃のような気持ちに陥っていくことを感じていた。
全て俺のせい。
仲間が人を殺したのは、全て俺の責任、だと。
「ありがとう、ちび。お前の手を汚してごめんな。」
しかし電話口の楊が愛する人物は、楊が立ち直るほどの酷い人物であった。
「とっくに死んでいる死体を死体に戻したら僕は汚れるのですか?かわちゃんは僕を汚れ仕事の人間だと思って使っていたのですか?そんな事を言うなら二度としませんよ。」
「いや、だってお前は自分が死神側の人間だって、常日頃言っているじゃん。だから、こういうことさせると辛いのかな~的な社交辞令じゃんか。」
「死神側の人間のせいで、此方の生き神様に疎まれてキツイってだけですよ。可哀相にってかわちゃんが僕を可愛がってくれれば良いだけです。死人を死体に戻しても黄泉平坂の悪鬼が此方に来ないならば、僕はぜーんぶ死体に戻しますよ。死んだ人が動き回るって、物凄くウザいじゃないですか。」
「ごめん。ちび。俺はお前の黒さの認識不足だった。俺、常識人だからさ。」
楊はブツンと通話を切ると、しゃがみ込んではぁっと大きく息を吐き出した。
だが、そのしゃがんだままクスクスと笑い出し、彼は手に持つスマートフォンを両手の掌に捧げ持つように持ち替えると、それに軽くキスをした。
「あいつ、本当に、馬鹿。髙の公安のお仲間が到着したら、次は髙探しか。俺はもうクタクタだよ。」




