一人勝ち?
楊はうんざりしていた。
お前ばかりと罵られる事にウンザリしていた。
「それならさ、俺に諂ったらどうなの?出世させてやるよ。こんな糞みたいな状況を作り出すぐらいならね、いくらでも出世させてやったさ。」
楊はカウンター前の溝口に目線を動かし、それから溝口から右側に視線を動かしてクローゼットの扉を見つめた。
楊はそこに向かうと扉を開けた。
中には、女性の小物や洋服一緒におぞましい物が並んでいるはずなのである。
楊が放ったオコジョ達が彼に教えたこの部屋の秘密だ。
「さいあく。」
果実酒を家庭で作るためのガラス瓶が二瓶置かれており、それは一目で果実酒でないものが詰められていることがわかるものである。
一瓶は殆んど空で、片方は隣の瓶よりも中身が鮮やかな色合いだ。
楊は反吐が出ると怒りを感じながら、その瓶を見つめていた。
「お前が溝口を愛人にしていたのはこれが目的か。子供を作ってザクロか。」
「仕方がないだろ。あれがないと俺は死人に戻るんでね。それに出世できない俺はあれで金を稼ぐしかないだろう。あれはいい金になったよ。」
「お前の女房がミンチになるのに値する程にか?奥さんは雑貨屋の社員だったっけ。俺の今日の現場、お前が知らないわけはないよな。俺は情けない気持ちであそこの遺体を片付けたよ。可哀相に、細切れでも痛い痛いと叫んでいるよ。今もそしてこれからも、彼女は痛いって声なき声をあげ続けるんだ。裏切り者の亭主のせいで本当に可哀相だ。一人になったお前の子供は、一体どこに帰ればいいのかな。」
八重は親の心が残っていたのか、楊を見つめる目に痛みと後悔を宿して暗く翳った。
けれど、細切れの哀れな死体を遺体袋に入れる羽目になった楊には、そんな目線など痛くはない。
反吐が出るだけだ。
「丸彦にもザクロを飲ませたのか。」
「あいつは死に掛けたからな。でも、いいだろ。あいつの女房のせいで俺はゾンビ化だ。亭主の丸彦でなく、どうして俺の方がゾンビになるんだよ。」
「それで、彼女を殺したのか?」
「俺はやってないよ。情報を流しただけだ。あの女は男を死人化させる女だって。あの女の愛する外科医先生はそのグルだってね。」
「どこに?」
ハハハと八重は笑い飛ばすと、楊の知らなかった真実を口にした。
「ゾンビにもゾンビの組織があるのさ。驚いたよ、あんたによく似た白い男が俺にザクロの作り方や広め方をご指南してくれてね。それもぜーんぶ罠だったさ。ハハハ。あの可愛い玄人君が殺される状況を作ったのは俺なの。大通りに手玉突き事故発生!俺があんたを超えてやったのさ。俺の嘘の情報で右往左往するあんたのマヌケ面は面白かったよ。あぁ、踊らされたのは俺や他の馬鹿な連中だったけどね。膿を丸ごとだ。ザクロを欲しがる隠れた奴等も炙り出しての、ぜーんぶ嘘。信じられない嘘つき野郎だよ、あの化け物は。」
「お前は内部監査に名前が出てこなかったけれどね。今度出世するのではなかったか?」
楊は思い当たりがあり過ぎる身内についての怒りを暫し隠し、幼馴染の手柄を横取りしての出世予定の男、幼馴染から美貌の女房までも寝取っていたらしき男を心の底から見下げ果てていた。
「俺はあんたのように恵まれていないんだよ。」
楊に叫んだ男は、八重だったが八重の姿では無かった。
楊がデザインして作った黒いジャンパーを着込んだ若い痩せぎすの男となり、楊が立つそこも溝口の部屋ではなく裏通りの薄暗いどん詰まりとなっていた。
楊は男の手首を掴んでいたが、その男は自分のなした行動を反省するどころか、楊を睨み楊の手を大きく振り払った。
「神保、てめぇはよ。」
楊に神保と呼ばれた男はハッと鼻で楊を笑い、顔を歪めて子供のように罵って来た。
「あんたは俺達と違う。あんたばかり欲しがられ、俺達はあんたのおこぼれを貰うだけだ。ずるいよ。仲間だって言うくせに、俺達はあんたの小間使いでしかないじゃないか。俺もあんたの様に贅沢をしてもいいだろう。」
楊の目の前の男は楊の会社の金ではなく、警備会社という会社で培ったスキルで政治家や成金の家を襲い金を奪うただの強盗に成り下がっていた。
ここで彼は旧友を断罪するべきであった。
だが、彼には出来なかった。
孤児となり浮浪児となって肩を寄せ合って生きて来た仲間の中で、彼一人が成功者であるのだ。
彼らと違い彼だけが子供にしたいと望まれ、金持ちの養子にされて愛された。
彼一人が一人勝ちなのは言い訳のできない事実であるのだ。




