ロケ?
水野は自分の姿に満足だった。
だが、親友までも同じ格好をしてくるとは想定外だ。
本気で好きになりかけている男を、自分以上に有能で美しい女が狙うとは。
「あんたは、葉山どうしたよ。良純さんにちょっかい出す気なの?そのカッコ。」
「だからこそ目立たないこれなのに!どうしてみっちゃんは想い人を落すのに夜中に近所のコンビニに出かけるような格好なのよ。おしゃれしようよ。」
彼女達はお揃いの紺色で安っぽいダウンコートに、ジーンズにシャツとカーディガンを着ただけの姿であるのだ。
美しい彼女達の顔には化粧の形跡さえもない。
申し合わせたような適当な格好なのである。
「良純さんはゴテゴテしいの嫌いじゃん。自然派の女の方がいいかとさ。こんな格好の女が風呂上りに浴衣でいい女に成るの。ぐっとくるだろ。」
「あ。……ナイス、それ。私が気がつかなかった。今度五月女君の移動祝いでさ、葉山さん連れて四人で一泊しよう。それで落す。」
「どっちを?」
水野はニヤニヤと佐藤に笑いかけ、佐藤もにやりと不敵な笑いをかえす。
二人は高校時代のように肩を組んで、その時代に暴れまわっていた高揚感で旅の同行者が待つ職場へと駆け出した。
「なんだか、あの頃みたいになんでも暴れられるって感じね。」
「無礼講親父だもんね!恋人になれなくても、傍でぴょんぴょんできるだけで嬉しい。」
「やってこそよ!」
「さっちゃん、げひーん。」
しかし数メートルも行かない内に、彼女達の高揚感は完全に消えた。
大通りでも人通りのない路上で、ふらふらと深酒をしたかのようにふらつく同僚がいたのである。
以前は眼鏡に髪を四角いバレッタで纏めているだけの飾り気のなかった彼女は、山口に冗談で特対課に誘われて以来、髪を明るく染めて化粧も派手になっていた。
今の彼女は派手どころではない。
男物のシャツ一枚に裸足という殆んど裸に近い格好で、夢遊病者のように歩き彷徨っているのである。
シャツの後ろには頭から流れたと見られる赤い滴りの大きな染みだ。
「ちょっと!溝口さん!そこは車道だって。」
水野の声にぴたりと脚を止めた彼女は、ゆっくりと彼女達に振り向いた。
「げぇ。死人だよ。」
コロコロ鞄を気前よく放り投げ駆け出していた二人は、数メートル先の溝口茉登里の口から下を真っ赤に染めた姿に足を止めた。
「せっかく、旅行許可が出たってのに!」
「待ち合わせに遅れたら本気で置いてくよ。あの親父は!」
大きく溜息をついた彼女達が仕方がないという風情で一歩を踏み出すと、溝口は映画のゾンビのように手を鉤爪にして襲い掛かる素振りだけ見せたのだ。
「がう。」
いつもの死人と違うその素振りに、水野達は仲良く周囲を見回した。
「何?」
「ロケしてる?」
軽く相談しあっている間に、溝口ゾンビはタタタタと軽やかに駆け出して行くではないか。
水野が唖然と溝口の後姿を見送っている横で、冷静な親友が踵を返して放り投げた鞄の方に戻っていくようだ。
「え、何してんの。追いかけるよ!」
「どうして?いいじゃない。死人じゃなくてごっこみたいだし、大丈夫じゃない?」
「溝口の不倫相手、八重じゃん。八重探せって業務連絡あったじゃん。追いかけようよ。八重が見つかるかも!」
「うそ。知らなかった。でも鞄をどうするの?私が見ているから、みっちゃんどうぞ。」
「……署に戻ろうか。葉山達に任せない?あたしらは只今絶賛休日中だし。」
「君達は、……はぁ、そういう、はぁ、人達だよね。」
「あ、かわさん。」
いつの間にか佐藤達の鞄の所に楊が腰を降ろしていた。
鞄の上ではなく、放り投げた鞄の脇の消火栓の上に、である。
彼は猫のように危険回避能力は高い。
「あ、鞄も揃えてある。かわさんってマメ。」
「警察官が、はぁ、歩道に物を散乱させたままじゃ、はぁ、まずいでしょう。ここ、スクールゾーンじゃない。」
「かなり息を上がらせていますけど、全力疾走でここまでどこから走ってきたのですか?大丈夫ですか?」
「よかった。それじゃあ、後は頼みます。」
「……はぁ。だよねぇ。来るんじゃなかった。はぁ。」
楊は大きく息を吸ってから立ち上がると、溝口の逃げて行った方向へと走っていった。
楊は相模原東署所内だけでは無く、きっと県警内においても五指に入るだろうスプリンターだと、綺麗なフォームで駆けていった楊の後姿を見送りながら佐藤は思った。
県警で近隣住人との交流目的で行われる運動会には、必ず見目麗しい彼は参加させられ、そしてリレーで毎回見事な走りっぷりを見せる彼を、佐藤は水野と一緒に毎回応援しているのである。
「わたしも一緒に走りたい。」
「どうした?さっちゃん?」




