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居ついちゃってもいいよ!

 俺が署に戻った時には部署にいるはずのケダモノが消え、ベテラン刑事の丸彦が留守を預かっていた。


 留守は御幣がある。

 五月女も葉山も部署にいるのである。

 但し彼らは部署奥に置かれた長椅子に仲良く並んでだらけていた。


 潰れていたと言う方が正解か。


 上着を脱いでネクタイを下げられるだけ下げて、シャツの第二ボタンを外した彼らは、天井を見上げるようにしてあお向けた顔の目元におしぼりを載せ、長椅子の背に頭を乗せ上げた格好でだらしなく足を投げ出して座っているのである。


「あ、どうも丸彦さん。彼らはどうしたのでしょうかって、……あなたは無事だったのですか?」


 大きな体に人の良さそうな雰囲気の丸彦の無事に、俺は心底ホッとしていた。

 丸彦刑事は目立った事件を扱ってはいないが、何時も丁寧に被害者側に立って事件を片付ける人だ。

 大きな体に優しそうな表情で、引ったくり以来恐怖で外に出られなくなった被害者を警察署に連れてこれたり、虐待で怯える子供も彼に懐いてしまうという得がたい人であるのだ。


 そんな奇特な人だから、彼はこの署に流されたのであろう。


 一つの事件にいつまでも拘っているのは、合理的業務の滞りを呼ぶものだと忌み嫌われ易いからだ。

 誰だって、できうるならば九時から五時に仕事を上げたいものである。

 まぁ、五時は早すぎるが、百目鬼はできうる限り九時五時に仕事を終わらせようとする男なのだ。

 それで大金を稼いでいるのだから、彼は俺達と違う時間枠で生きているのではないかと時々考えてしまう。


「すいません。俺は指示通りにしたのですけど。上からの指示でしたので疑いもしないで連絡もせず、本当に申し訳ありませんでした。」


 俺は署長室に居る神崎という名の妖怪を思い出していた。

 最近養子をもらった彼は、自宅からの妻の呼び出しでちょくちょく自宅に消えるようになってしまった。

 多分、この連絡も忘れてしまったのであろう。


「いえいえ。こちらの初動ミスです。最初にあなたに此方から電話をかければって、かけましたよね。電話。何度も。」


「すいません。すいません。早朝に妻に離婚届を書かされて家から追い出された身の上で、自分の情けなさで警察署のトイレに閉じ篭ってスマートフォンの電源を切っておりました。本当にすいません。」


 俺は彼の言い訳を聞きながら、自分の方が申し訳なさで小さくなっていた。

 俺もそんな時が色々とあったのである。

 そして、そんな時が無くても今回のように裏で働いて連絡が取れなくなる事もある。

 昔は上に言われるがままに何も考えずに動き、無意味な誘拐犯になりかけた事もあるのだ。


「いえ、いいです。本当に、あなたが無事ならそれでいいですから。それで、うちのケダモノが消えてここにいない理由と、あの二人の状態はどうしたのでしょうか?」


 丸彦は長椅子をチラリと見て、それから大きく溜息をついた。

 見るからに疲れきり、彼は本気でやるせなさそうだ。


「……別れた妻が、俺の別れた妻を俺の行方不明の報で保護に向かって下さったそうで。」

「えぇ。そうでした。」


 俺は葉山達に頼んだことを思い出し、そして、やつれた表情の丸彦を見つめながらその先が読めてしまっていた。


「奥様がお亡くなりになっていたのですね。」


「…………はい。外科医と手術室で不倫行為中に切り殺されていたそうです。発見は病院のスタッフで、近隣の警察が呼び出されて俺が殺人者と指名されるところだったそうで。俺は警察のトイレで泣いていて行方不明でしたからね。ですが、葉山さん達が違うと否定してくれたそうで。ですが……。」


「あなたも、彼らから何が起きたのか詳しく聞いていないのですね。」


「すいません。」


「いいですよ。仕方ないです。僕が戻りましたから丸彦さんは刑事課に戻られてもかまいませんよ。お辛いでしょうけど、後でまたお話を伺う事になると思いますが。」


「いえ。ここに居させてください。お願いします。」


 彼は離婚したばかりだと語った。

 離婚したその日の内に妻が惨殺されたのだ。

 それも不倫中に。

 顔見知りの、それも彼のプライベートを知っている者が多い所には、そんな状況では居たくはないのであろう。


 俺は長椅子が葉山達に占領されているために、誰も座らない新人を待つ机の椅子を引いて丸彦に声をかけた。


「丸彦さん。今日はこちらを使ってください。」


「よろしいのですか?」


 顔に喜色を浮かべて妙にそわそわと嬉しそうに移動してきた彼に、俺は冗談を言ってみた。

 署員の誰もが嫌がる冗談だ。


「いいですよ。うちは万年人手不足ですから、どうせなら居ついてしまってもかまいませんよ。ろくでない事件ばかりの課ですけれどね。」


 署員達に特対課に入るかと声をかけると、彼らは必ず固まって「いやいやいやいや。」と悲しいくらいに拒否をするのだ。

 この人格者の丸彦がどんな返しをしてくれるのか、知りたくなった自分が居たのである。


 残念な事に丸彦は想定内でしかない目を丸くした顔で俺を見返し、だが、想定外に物凄く不思議そうな表情に変えた。


「ここは美男美女じゃないと入れないのでは?みんなそう言ってますよ。」


 俺は彼のユーモアに、両手をパシンと合わせ、何時も以上に声をあげて大喜びをしてしまった。

 包帯が取れたばかりの指に、ジンと鈍い痛みが走ったがかまわない。


「変な人!ここは変な人専用の課ですから、その一言で合格ですよ!」


 だが、俺の喜びとは反対に丸彦は目を丸くして顔を真っ赤にして固まり、いつのまにかおしぼりを顔から下に落としていた長椅子の両名は、顎が外れるのではないかという顔で俺の顔を唖然と見つめていた。


「ちょっと。何だよ。僕の顔に何かついているの?」


「……ついて、……いたのですね。」

「畜生、クロが惚れるわけだよ。」


 五月女は悲しそうに両手で顔を覆ってがっくりとうな垂れ、葉山は吐き捨てるように言うと俺の顔から目を逸らしてそっぽを向いた。

 全く意味がわからない。

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