輸入雑食品雑貨店の死人(しびと)
店内の様子がおかしいと通報を受けた相模原東署の刑事課の丸彦達生巡査は、現場を外から一目見るなり楊の特対課を呼び出した。
楊は丸彦の報告を聞き、彼には店内には入らずに店外で待てとだけ指示をして髙と現場に急行したのである。
しかし、そこに待つ筈の巡査の姿が認められなかった。
「やばい?髙?」
何の変哲も無い筈のグリーンを基調にした店構えの輸入食品雑貨店の入り口のガラスにはヒビが入り、通報者が巡査に伝えた通りの「おかしいもの」がウィンドーに飾ってあった。
足のついた大皿に、色とりどりの紙でキャンディー包みをしたクルミサイズの菓子が山盛りに飾られており、その山の天辺に乗っているのは内臓らしき赤黒い物だ。
「アレは、何?」
「たぶん、精巣。きゅっとするねぇ。」
「快楽殺人じゃないの?」
「違いますね。」
「一目でわかるのはなぜ?」
「経験?」
髙は軽い調子で答えながら入り口の鍵の解錠にかかり、楊はそれを横目に自分のコートを脱いで髙の支給車に放り込むと、代わりにブルーシートや簡易遺体袋などを取り出した。
楊が最近愛用している黒いコートは年末に実家で見つけたものだ。
ミリタリー風の上質なカシミアの真っ黒なロングコートは、裾のスリットにより動くたびに短冊のように跳ねる不思議なデザインで、何よりも隠しポケットが満載なのだ。
そのコートを豪く気に入った楊は曽祖父の事を知りたいと祖父母に尋ねたのだが、彼は無情な真実を突きつけられて笑われただけであった。
幼き彼が変な外国人だと思いながらもジェットと呼んで慕っていた人物が、彼の曽祖父だったのである。
その上、楊はその祖父が警察関係で名高い長谷貴洋警視監であることも知らず、本庁の警視長である父親に本気で呆れられたのだ。
「県警でもさ、普通は本庁の有名人くらい知っているよ。逆もしかり、でしょう。お前、そんなもの知らずで、よく刑事をやっていられるね。」
楊を騙すだけの曽祖父に憤慨した彼は、そのコートを断腸の思いで封印することも考えた。
しかし、先日再会した玄人の従兄達でミリタリーものが大好きな楊の同士達によって、それが有名な会社のオーダーメイドの品だと知らされたのである。
表生地は最新の防汚に防炎処置を施してあり、裏生地の胴部分は最新のケブラーが使われて防刃仕様なのだと説明されたのだ。
楊が慌ててコートを確認すると、彼らが見せてくれた有名な社名のタグが楊の瞳に眩しく映った。
つまり、このコートは形見などではなく、楊のために仕立てられた新品のコートであったのだ。
現金な楊は曽祖父の仕打ちを一瞬で許し、毛布を手放さない漫画のキャラクターのようにコートを大事に扱っている。
「コートを脱いだら防刃も防汚も意味ないじゃない。」
「いいの、気持ちの問題。それよりも一先ず道具はこのくらいで大丈夫?」
「手当たり次第に詰めて行くだけですからいいでしょう。警察車両で目隠したから尚更目を引きますからね。見物人が出来る前に急ぎますよ。」
髙の支給車は国産のSUVで車高のあるタイプで、せめての目隠しに店の真ん前に駐車させてある。
楊は店内に入り一目で状況を知り、ブルーシートを前面のガラスに貼り付けてカーテンを作った。
髙はざっと屋内を見回り、一番の見せてはいけない物を片付けに倉庫へとすぐさま入って行った。
ブルーシートの目隠し作りの手際が早くなった自分にがっかりしながらも、楊は自分用の死体袋を広げて後に続き、髙と嫌々ながら精を出す事にしたのである。
バラバラ死体ならぬ、バラバラ死人の回収作業だ。
「わざわざこんなことをする意味がわからないよ。」
倉庫内には引き裂かれた大量の肉片が蠢き、四つの生首達がパクパクと船盛の魚のように口を動かしており、忌まわしいものでも哀れさを誘っていた。
彼らは生きている死体だからこそ死ぬことはなく、体に受けた痛みは永劫のものなのだ。
死人は、この世に生まれてくるものより死者の数が多い時に、多かった分だけ死ねずにこの世に留まってしまうことになる。
動きだせてもそれは死体でしかない。
呼吸も出来ない死体なのだ。
死人は死人でいる苦しさから、生き返りを望み人を食らう。
但しその行為による生き返りは期限付きであり、被害者が生にしがみつくほど効果は高い。
だからか彼らはより長い余命を持つ人間を被害者にと選び出し、魂が出来うる限り命にしがみ付こうとするようにと、被害者を徹底的に拷問して殺すのである。
そのような危険と事実から一般人や一般の警察官を遠ざけるために、楊の特別犯罪対策課が新設されたのだ。
よって、「異常犯罪は楊へ」との相模原東署の署長よりの回覧文章が神奈川県警内全署に回っている。
けれども、特別犯罪対策課内でも秘密はある。
今回の現場もその一つになるのか、楊は髙に言われるままに部下に知らせずに処理していたところに部下達の登場なのである。