俺の弟分
相棒は俺の弟分をからかって遊んでいる。
外見が少女にしか見えない半陰陽の彼では、厳密には弟分と言うべきではないのであろうが、彼は弟分だと言われると非常に喜ぶので弟分だ。
俺の親友の話では俺の相棒には可哀相好きという特性があるらしく、だからこそか、俺の弟分の玄人に惹かれて可愛がるのかもしれない。
彼はいじめで殺されかけて記憶喪失となり、何も覚えていないことを良い事に継母と実の父親によってネグレクトのような扱いを最近まで受け続けていたのである。
結果として彼は自分に自信を持てず、他人に気に入られるためには何でもするという奴隷的な振る舞いを度々している。
ところで相棒だが、そんな玄人を子ども扱いしすぎる事は勿論だが、彼に会う度に棒つきの飴を渡すのである。
それも玄人があまり好きでない色の飴ばかりだ。
玄人は赤色のイチゴ味が一番好きで、オレンジ色が一番嫌いだ。
俺も同感だ。
だがそれは、俺達の趣味が合うからではなく、単純に香料だけで味付けてある安い菓子では、イチゴ味が一番まともな味ってだけなのだ。
オレンジ味は一番味がぼやけていて口に入れたくもない。相棒はそんな彼に紫や緑、そして黄色を渡すが、赤とオレンジは滅多に渡さない。
また赤ではない、と、彼が落ち込む姿が楽しいのと、一番嫌いなオレンジ色を渡した時の彼の反応が怖いからである。
玄人は相棒に「嫌」と言えないからだ。
相棒は彼に「嫌」と言わせたい。
しかし「嫌」と玄人が彼に言ってくれるぐらいに懐く前に、玄人に嫌われて去られては本末転倒なのだろう。
「どうしてそんなにも拘るのよ。」
「生きて行くには自分の意見を誰にでも言えないと駄目でしょう。それにね、嫌と言っても僕が彼を嫌わないって知って欲しいからね。人に嫌われたくないからって、誰にでも良いよって答えるあの子が可哀相でね。」
俺は相棒の言葉を聞きながら、俺にも親友にも玄人が「嫌」と散々言っているという事を相棒に伝えることが出来なかった。
それどころか、彼がそれに拘っていることが解せなくなってきたのである。
「ねぇ。どうして玄人にそんなに嫌って言わせたいの?」
「嫌って言ってもらえるのは信頼されている証でしょう。」
「じゃあさ。俺は今日の現場が嫌なんだけど。」
「それは駄目ですよ。」
運転席で楽しそうに笑う男に、俺は不貞腐れた振りをして助手席で寝たふりをする事にした。
目を瞑って真っ暗になった世界は、遠い遠い昔の、子供の頃を思い出させた。
俺は空き家の縁の下に隠れて息を潜めていたのだ。
かくれんぼなど可愛いものなどではない。
見つかったら俺は俺でなくなる。
嫌だと大声で叫んでも、俺は決して逃げることも出来ないまま壊されるのだ。
玄人が小学生の頃に、同級生達によってたかってプールの底に押さえつけられて殺されかけた時のように。
「本当に弟分だ。」
「どうしました?」
俺は自分の情けなさとくだらなさに気づいた所なのだと、自分を鼻で笑うしかなかった。
俺が彼を守っていたのは、それが俺自身であり、守ってもらえなかった自身を守っていただけの話であるのだと。
「俺も嫌って言っていい?」
車はゆっくりと路肩に寄って、そして、止まった。
「何?どうしたの?」
相棒の俺を射抜くような真っ直ぐな視線に居た堪れなくなった時、彼は言い放った。
「本気で嫌ならこの車から降りてください。僕はかまいませんよ。」