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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この魔法は『人権』です。―使い道がないと捨てられた魔法使いの魔法はこれから先必須になります―

作者: ソナラ

「お前、使い道がないから、クビな」


 パーティの長であるダガナンから、ある朝突如として俺――ニツキ・クロウリアはクビを宣告された。


「ちょ、ちょっとまってくれよ!?」

「なんだ? 使い道のない魔法しか使えない魔法使いさんよ」

「いくら何でも急すぎるだろ!? 今日はダンジョンの新エリアに初挑戦するって、昨日話しをしたばっかりじゃないか!」


 俺が困惑するのはムリのないことだと思う。なにせ本当に突然言い渡されたのだから。昨日まで普通に会話していた相手……まぁ、普通というには少し向こうの当たりは強かったが。

 いや、もちろん俺がクビになるというのは予兆がなかったわけではない。目付きの悪いリーダーのダガナンが、更にそれを険しくしてこちらを鬱陶しそうに睨んでくるのは、何も今日始まったことではないからだ。


 だが、それにしたっていきなり今日、というのは唐突すぎた。


「ああ、それな。あの後お前が帰ってから呑みながら他のメンバーと話をしたんだけどよ、お前が邪魔だって話になってな」

「何だそりゃ……!」


 ツッコミどころが多すぎる。

 呑みに行ったことも知らないのは、そもそも俺がパーティの連中とは仕事上の付き合いと考えて交流を持たないようにしているから当然だが、まず呑みに行くのがおかしい。

 明日……というか今日は大事な新エリア初挑戦の日なんだぞ? 夜遅くまで呑んで、今日に影響が出たらどうするんだ!

 そして、酒の席でメンバーの進退を決めるな、完全にノリで決まってるじゃないか!


「ちょっとぉ、どうしてそいつがまだここにいるのよ、ダガナンさっさと追い出してよぉ」

「あ、おおちょっと待ってくれよなパサパサァ、こんなゴミクズ、すぐにぽいっとしてやるからよぉ!」


 声がしたので視線を向けると、入り口で頭を抱えて鬱陶しそうにしているうちのパーティの治療官(クレリック)――パサパサ。パーティの紅一点でもあり、俺以外のパーティメンバーがお熱になっている見てくれだけは立派な女だ。

 今は二日酔いで歪んだ顔は、見るも無残なことになっているが。

 そうか、こいつがゴリ押ししたのか……と、納得するしかない。このパーティはこいつの存在で成り立っていると言っても過言ではないからだ。


「そもそも、パーティの脱退は両者の合意と、ちゃんとした相談の上で成立する契約で……」

「あ? んなもん今ここでてめぇがサインすりゃそれでいいだろうがよ。文句あんのか? お荷物のやくたたずクンよぉ」

「……譲るつもりはないってことか」

「なんでお前相手に譲らなきゃいけないんだだ?」


 さっさと部屋から去っていったパサパサをさておいて、俺とリーダーの口論はしばらく続いた。とにかくわかったことは唯一つ。こいつは意見を変えるつもりはないということ。

 話をしても無駄ってことだ。


「……いいんだな? 探知魔法が必要だったから、俺をパーティに誘ったんだろ?」

「は、無駄骨もいいところだったがな。結局必要なかったじゃねぇか、やくたたず一人抱えて分前が減る分プラマイで言えばマイナスだったくらいだぜ」

「わかった。なら、それでいい。……知らんからな」

「そういう負け惜しみは、酒場で管撒きながら言ってくれよなぁ!」


 結局。俺とダガナンの契約は成立。俺はパーティを抜けることになった。

 この時、俺はこのパーティのたどる末路を、なんとなく予想していたのだ。俺の使う探知魔法は広大なダンジョン『ヒラサカ』を攻略するには、絶対必須の『人権』と言われる魔法だ。

 それを寄りにもよって未知のエリアに突入する直前で切り捨てる愚行。彼らは自ら命をドブに捨てたのだ。パーティ仲は険悪を通り越していたとはいえ、共に戦った仲間だった奴らがそうなることは、少しばかり自分の罪悪感が刺激される。


 それでも、これ以上俺に出来ることはない。俺はすぐに荷物をまとめて、拠点としている宿を後にするのだった。



  ▲



 神話級ダンジョン『ヒラサカ』がこの世界に出現したのは、今から六百年ほど前のことになるという。ダンジョンというのは『無限にモンスターと宝箱が出現する空間』を指す。この世界における重要な資源採取の場所だ。

 このダンジョンに挑む存在を冒険者と呼び、この世界では一番の人気職業である。俺もそんな冒険者に憧れてヒラサカにやってきた魔術士(セージ)であり、今はDランク冒険者の一人だ。


 冒険者は基本的にパーティを組んでダンジョンに挑む。一度にダンジョンへ挑めるパーティの人数は六人だが、六人ピッタリのパーティはそういないだろう。大抵の場合は、自分より高いランクの冒険者に教えを請うため、『ギルド』と呼ばれる集まりに加入する。

 俺、ニツキ・クロウリアの所属するパーティは、そんなギルドに加入していない少し特殊なパーティだった。全員が同じランク、同じ時期に冒険者になった集まりである。


 なんでそうなったかを簡潔に話すと、まず冒険者はなれる時期が決まっている。学校――貴族が通うというアレだ――みたいに入学の時期が定まっていて、冒険者の場合これを洗礼というのだけど、俺達はその洗礼の場で出会った。

 俺以外の五人は、それぞれに地元で神童と呼ばれもてはやされ、洗礼の場において『レアスキル』と呼ばれる特別なスキルを入手した選ばれた存在だ。


 結果、彼らは増長した。本来ならここでギルドの勧誘を受けて先輩の庇護を受けることになるのだが、それを必要ないと突っぱねて自分たちだけでパーティを組み、六人必要だから、そして『探知魔法は必須』とその時口酸っぱく言われたから、探知魔法が使える同期の俺を半ば無理やりパーティに組み込んだのだ。

 まぁ、俺としても相応にメリットがあると思って加入したのだが、あそこまでひどい連中だとは思わなかったのだ。よりにもよって後少しというところでちゃぶ台をひっくり返されるとは。


 とにかく、奴らの人間性以外はあのパーティは優れていた。全員が高い才能とレアスキルを有し、何も知らない初心者だけの集まりにも関わらず、半年もかからずにDランクへ昇格、新進気鋭の天才集団として持て囃されたものだ。

 裏では嫉妬と、侮蔑に近い感情が向けられていたが、彼らは知っていただろうか。


 んで、俺はといえば――



『祝! ダガナンパーティ脱出! 歓迎! ニツキ・クロウリア!』



 現在、俺が普段から懇意にしている冒険者協会の窓口に掲げられているそんな横断幕を見て目を丸くしていた。

 いや、なにこれ。


「お、ニツキだ! ニツキが来たぞぉ!」

「っしゃあ、俺らが最初に勧誘するんだ、そこをどけぇ!!」


 出迎えたのは、屈強な筋肉を持て余した、ムッチムチのおっさんども。俺にそういう趣味はないので勘弁してもらいたいのだが、おっさん達はすごい勢いでこっちに走り寄ってきて、それぞれに自慢のマッスルを見せつけるべくポーズを取ってきた。


「ようこそニツキ! 俺達ギルド『カグツチ』はお前さんを歓迎するぞ! 共に筋肉の涙で大地を潤そう!」

「いやまてニツキ! ここは俺達『タケミカヅチ』に加入するべきだ! そうすれば、筋肉は間違いなくお前に加護を授けるだろう!」

「だめだぞニツキ! ギルド『タケミナカタ』はお前のことをずっと待ち続けていたんだ! 筋肉の一目惚れに嘘はつけないだろう!」


 何だこれは……何なのだこれは……!

 突然のことに困惑するしかないが、どうやら俺はギルドからの勧誘を受けているらしい。いや、この場合筋肉の勧誘か!? どうして筋肉しかよってこないんだよ!?


「落ち着いて、落ち着いてください! ニツキくん困ってるから! ステイステイ!」


 と、そんな筋肉を杖でかき分けながら、一人の女性が俺の前に現れた。ローブ姿、典型的な魔術士スタイル。その背丈はやたらちんまく、百四十はないだろう。二百は軽く超える筋肉共と比べると、その身長差は犯罪的だ。

 なお、彼女は魔術士ではあるが冒険者ではなくそれを支援する冒険者協会の職員である。ふわふわの黒髪セミロングが特徴的な彼女は――


「クラウさん」

「はい、はい、クラウさんですよ。ニツキくん、大変だったね」


 クラウさん。背丈がちんまいこと以外は、とても穏やかで大人のお姉さんだ。背丈がちんまいことを除けば。俺に良くしてくれる協会職員さんだ。


「いやぁすごいねぇニツキくん。こうして有名ギルドさんからいっぱい勧誘が来てるんですよ」

「なんでこんなことになってるんです……?」

「だってニツキくん、探知魔法が使えるんでしょ? それも冒険者になる前から、それってすごいことなんです。いろんなギルドさんが、喉から手が出ちゃうくらい」


 ――まぁ、探知魔法はダンジョンを探索する上で必須の魔法だ。

 一瞬でダンジョンのマップを表示してくれる上に、近くの宝箱まで探すことが出来る。他にもモンスターと戦えばそのモンスターの能力だって探知してくれる。

 あるとないとでは、探索の快適度に天と地の差がある……というよりも、ダンジョンは広大だからマップがないと即座に迷ってしまうのだ。

 だから、それが使える魔術士はとても貴重……なんだけど。


「俺の場合は……そんなすごいって言われるようなもんじゃないですけどね」


 俺の探知魔法……正確には“探査魔法”はレアスキルだ。ダガナンパーティはレアスキル所持者で構成されたパーティだが、俺もその一人だったということだ。

 ただ、彼らを見ていると思うことがある。


「レアスキルなんて、あって良いもんじゃないですから」

「流石にアレは極端な例すぎるよぉ!」


 ダガナンパーティの横暴っぷりはひどいものだった。自分たちが天才の集まりであり、ダンジョンに挑んでは毎回ミスなく成果を上げ、一足飛びにランクを上げ、他の下積みをしている同期たちを見下し、時には自分より上のランクの冒険者すら、ハリボテだなんだと罵倒した。

 そのたびに、仲間として周囲に謝罪して回った俺の苦労をあいつらは気にもしていないというか、気づいてすらいないのだろう。


 ああやって冗長してしまうくらいなら、レアスキルなんていらなかったのに。……なんて、あまりにも嫌味な考え方すぎるけど。

 それくらい、俺はあいつらに嫌気が差していたのだ。


「ニツキくんは、これからちゃんとすごい冒険者になるんです! クラウさんは知ってるんですから! ほら、ああして大手ギルドのみなさんが勧誘に来てくださってるんだよ!?」


 見れば、大手ギルドの筋肉さん達は自身の筋肉を見せつけるべくポージングをしていた。三人とも、極まった筋肉の持ち主だ。それだけで筋肉は周囲を引きつける。彼らの周りには人だかりができていて、ポージングを変えるたびに歓声と拍手が撒き怒っていた。

 あれこそ、本物の冒険者と言えるだろう。


「……いえ、あの。すいません、ギルドに入ることはできません。それより、依頼を回してくれませんか?」

「え、ど、どうして!?」

「……その、言ってなかったでしたけど」


 俺はだいぶ気まずくなりながら――ギルドの筋肉さんたちは、見るからに周囲の人気者で、優しいいい人達だ。その期待を裏切ることは、とても気まずい――クラウさんに告げる。


「……俺、自分でギルドを立ち上げたくて」


 その言葉に、周囲がシン……と静まり返った。……沈黙、とても嫌な感じだ。ここしばらく、俺は俺の発言で周囲の空気が固まるのを、何度も経験してきた。

 決して俺が悪いとは思わないが、それでもその後に飛んでくる罵倒は、否応にも心を砕く。


 だから、沈黙が嫌いだ。


 相手がいい人たちだからこそ、なおのこと。彼らにバカにされるのは、とても耐えきれなかった。


「あ、いや――」


 そう、だからすぐに誤魔化そうとして。



 直後、協会全体から、歓声が上がった。



「え……?」

「ほ、ほんとなのニツキくん! ニツキくんがギルドって、初耳なんですけど!」

「そ、そりゃ誰にも言ってなかったですから……あれ? そういえばほんとに誰にも言ってないな……」


 歓声?

 どうして? 困惑する。ギルドを立ち上げることがそんなに素晴らしいことだろうか。冒険者にとってギルドを立ち上げて、立身するのは夢だ。けれども、険しい道程で、誰もができることではない。

 止められると思っていた。否定はされなくとも、受け入れられるとは思っていなかったのだ。


「……と、とにかく。そのためにはCランクの冒険者になる必要があって、そのためにもダガナンパーティで功績を稼ぎたかったんですけど、この通りで……俺には依頼が必要なんです、お願いできませんかクラウさん」


 ――そもそも、俺がギルドに所属せず、ダガナンパーティで耐え忍んできたのは、アレが後腐れなく抜けることのできるパーティで、かつ腐っても天才集団。冒険者としての功績を得ることに関しては最善といえる選択肢だったからだ。

 後少し、おそらく次のエリア探索を成功させればCランクに上がれるだろう、という状況でのちゃぶ台返しにより、こうして追い出されてしまったわけだが、だったら後は自分で依頼をこなし、Cランクになるしかないだろう。


 と、俺は考えているのだが――


「え? あ、う、うん。……その、ね? ニツキくん。これ、Dランクの冒険者には言っちゃいけない決まりになってて、言えなかったんだけど……」


 なんだか、とてもクラウさんは言いにくそうにしている。


「――冒険者がCランクになるためにはね? 功績の他に素行も良くないといけないの」

「…………はい」


 素行。

 その言葉を口に出されて即座に、俺はダガナンたちのことを思い出した。


「素行の良くないパーティは、Cランクになることは許されなくて……その、ニツキくんは素行に問題がないから、例外的にCランクにしようって話しもあったんだけど」

「…………はい」


 そして、つまりクラウさんの言い方から察するに、



「……ダガナンパーティから離脱した今のニツキくんは、功績、素行の観点から見て、Bランクへの推薦も視野に入る……よ?」



 俺は、耐え忍び過ぎてしまっていたらしい。


 もし、俺がギルドを立ち上げたいという話をどこかにしていたら。きっと誰かがなんとしてでもあのパーティから俺を引きずり出してくれていただろう。

 この反応を見る限り、それは間違いない。

 だが、俺がそれを口にしなかったから。耐えようとしすぎてしまっていたから。


 俺は……とんでもない遠回りをしてしまっていたのだ。


「それはそれとして……どうしてギルドの立ち上げを宣言すると歓声が上がるんです……?」

「……あれは多分、何でもいいから歓声を上げたかったんだとおもいます……よ?」


 見れば、周囲では酒盛りが始まっている。

 ああなるほど、彼らは朝から呑む理由が欲しかっただけなのだ――気のいい、けれども酒癖の悪いダガナンたちとは似て非なる正反対の人たちに、俺は苦笑するしかないのだった。



 ▲



 クラウさんは、冒険者協会の職員さんです。

 冒険者協会というのは、冒険者やギルドへの扶助組織。彼らに依頼を斡旋したり、パーティメンバーを紹介したり、新人さんたちの講習をしたりするのが仕事です。

 そんなクラウさんは、実はもともと冒険者だったり。有名な冒険者さんに憧れてこの街『ヨモツ』へとやってきて、ダンジョン『ヒラサカ』へ挑みました。

 結果、そこそこ有名になったり、そこそこ結果を出したりしましたが、ある時協会のお仕事を手伝ったところ、それがとても楽しかったのです。


 それからは協会の職員さんとして働く傍ら、時折ソロで危険の少ないダンジョンに潜って、お宝を見つけたり、モンスターと戦ったりして暮らしています。

 未だに現役で十分やれるために、職員となることを惜しんでくれる人もいましたが、この生活がとても性に合っているので、今はこれを続けたいかな?


 そんな私には、気になっている男の子がいます。気になっている……なんていうと他人行儀ですけど、でもしょうがないんです。放っておけませんからね。

 ニツキ・クロウリアくん。クラウさんがいつも応対しているダガナンパーティの良心です。


 ダガナンパーティ。その名前を知らない冒険者はそんなにいないと思います。ただし、悪い意味で。横暴で自分たちの才能を笠に着る嫌な人たち。

 ダンジョンでのマナーも悪いし、冒険者協会でもしょっちゅう他の人たちと問題を起こしています。そして、その後始末を全部担当しているのが、ニツキくんでした。

 彼はあのパーティに半ば無理やり加入させられて、本人は所属する理由があるからと気にせず笑っていましたが、それでも不憫だったのは間違いありません。


 彼との出会いは、今から少し前。ダガナンパーティが活動を初めてすぐのことでした。依頼を完了させて帰ってきた彼らは、協会の対応の遅さ――彼ら基準での話です。むしろこの時の対応は全体を見ても早い方でした――に激怒して、窓口担当だったクラウさんに文句を言ってきたの。

 それを諌めたのがニツキくんでした。彼らをなんとか宥めて、事態を落ち着かせてくれたのです。


 以来、冒険者協会に脚を運ぶのはニツキくんの仕事になりました。他の人たちが遊んでいる間に、パーティが活動するための手続きを一人で彼はこなしていたんです。

 こういうのは基本的に、ギルドだったら専門の事務員さんが、ギルドに所属していないパーティなら全員で分担してやらないと終わらないくらい大変な作業なのに。


 しかもダガナンパーティの嫌な所は、報酬の受け取りの際に中抜きを警戒していたことです。結果として彼らは自分たちのパーティカードに直接報酬が支払われる方式でなければ報酬を受け取らなくなってしまいました。

 パーティカードというのは身分証兼お財布です。これ一枚でお買い物も身分証明もできるすごいカード。より上のモノにギルドカード。下のものに冒険者カードがあります。

 本来、パーティが報酬を受け取る時は冒険者カードに報酬が送られ、全員平等が基本だというのに。彼らはその報酬を独占したんです。ニツキくんに報酬が支払われたことは一度もなかったと、クラウさんはカード間のマネー受け渡し履歴で確認しています。


 結果、すごい功績を残しているパーティに所属していながら、貧乏になってしまったニツキくん。毎日彼らが行う派手な酒盛りには一切参加せず、事務作業をこなす傍ら、新人の講習などで生活費を稼いでいたのだとか。

 ……本当にひどい、ありえない話だ。


 幸いだったのは、彼の頑張りを周囲はきっちりと理解してくれていたということ。ダガナンパーティの良心であり、ダガナンパーティにとらわれてしまった可愛そうな将来有望の冒険者。

 ニツキくんはそうしてひっそりと有名になっていったんです。


 まぁ、クラウさんがあちこちでニツキくんのことを褒めていたというのもありますが。その、だからといってクラウさんがニツキくんを狙っている、だとか。クラウさんとニツキくんは懇意な仲であるだとか、そういう噂はやめてもらいたかったです。

 クラウさん、決してそういうアレではないのです。卑しいとか言われるのは心外です。確かにニツキくんは、見た目はぼんやりしているけど、決して悪くはないですし、何より内面は誰よりも優しくて、こんなにちんまくて頼りなく見えるクラウさんにも優しく、大人として扱ってくれますけど。というかニツキくんだけがクラウさんを大人扱いしてくれるんですけど。いつまでも協会のちびっこ扱いを抜けれないクラウさんにとってニツキくんだけが大人のクラウさんを見てくれる人だとか、そういうのは関係ないんですけど。けどけどけど!


 ……こほん。


 なんとか彼を助けられないか、という話もありましたが、最終的に彼が自分の意志でダガナンパーティへ残っていたこと、彼には彼なりの考えがあったことから、その話は実行には移されて来なかったのです。


 結果、それが彼を不必要に苦しめてしまった……のですが。


 実はそれだけではなかったのです。結果として、彼はあのパーティに所属したことで、ある恩恵を得ていたのです。

 それが判明したのは、彼がダガナンパーティを脱出してから数日後のこと。


 とある事件によって、判明することになるのでした。



 ▲



「――くそ、くそ、なんでだよ!!」


 とある宿屋。

 そこはダガナンパーティの拠点だ。Dランク冒険者は一般的に一人前半として扱われ、基本的に一人前としては扱われるものの、信用が足りないために各種サービスに制限がなされている。

 たとえばCランク冒険者になれば、協会から拠点を斡旋してもらえるのだが、Dランク冒険者にはそれがない。そもそも、ギルドに所属せずCランクになることを協会はあまり想定していないので、ギルド非所属に対する協会の支援は実は杜撰と言われれば否定はできなかった。


 ――それを、ダガナンパーティは今の今まで知らなかったが。


「なんで何もしてないのに、ダンジョンにもぐれなくなるんだよ! 俺らは正式な冒険者だぞ!?」

「治療も受けれなくなってたぞ。おかげで取れた腕が未だにくっつかねぇ、なぁパサパサ、回復魔法を……」


 メンバーの一人は、ダンジョン内で怪我をおい、腕が取れていた。

 普通、これは回復魔法でくっつけることができる。協会の治療施設で治療を受ければ、半日と立たずに元の状態で腕を動かすことが出来るはずなのだ。

 故に、パーティのヒーラーである紅一点、パサパサに回復を頼んだわけだが――


「嫌よ!!」


 パサパサはヒステリックに叫んだ。

 そのまま、腕を抑えながら必死に自分へ回復魔法をかけている。


大回復(ハイヒール)! 大回復!! ああ、魔力が切れた! なんでよおおおお! どうして回復しないのよおおおおお!!」


 それに、周囲は不満そうにするが文句は言わない。パサパサに嫌われたくないのだ。この半狂乱の状況で口を挟めば、パサパサに敵として認定されてしまうだろう。

 このパーティにおいて、それだけは絶対に避けなくてはならない状況だった。


「くそ、何だってこんなことに……」


 パーティのリーダー、ダガナンは吐き捨てながら苦虫を噛み潰す。

 ニツキを追放してから数日。一瞬にしてダガナンパーティは崩壊と言ってもいい状態に陥っていた。

 腕が取れて、それまで獲物にしていた大剣をまともに持つことすらできなくなっている戦士。その回復すら行わず、自分についた疵へひたすら回復魔法を行使し続けるパサパサ。

 他にも武器や防具をモンスターに破壊され、大損害を負ったものもいた。ダガナンも、ダンジョンで見つけたアイテムが呪われていることに気が付かず装備してしまっており、その効果によって現在頭から髪の毛が消え失せつつあった。

 本来の彼はスポーツ刈りでそこそこ見た目の整った青年なのだが、今の彼は落ち武者もかくやという見るも無残なハゲ男だ。少なくとも、パサパサから近寄るなという命令がでていた。


 ――彼らがダンジョンに入れず、治療を受けられないのは単純に届け出を出していないからだ。Dランク以下の冒険者は届け出がなければこういった施設は利用できない。今まではニツキが一人で行っていたのだが、ニツキがいなくなれば当然それは滞る。

 結果として彼らはこれまで当然のように受けていたサービスが使えず、こうしてパーティは崩壊といっていい状況に陥っているのだ。


「……それもこれも、全部クソツキが悪いのよ!!」


 半狂乱のパサパサが怒り混じりに叫ぶ。クソツキ、というのはニツキの蔑称だ。酒の席などで、ニツキをバカにするさいに度々用いられていた。

 パサパサに至っては、普段からそう呼んでいたが、ニツキは完全にスルーしていたので覚えてすらいないだろう。


「誰よ、あいつ追い出したの!! あんたら全員やくたたずじゃない! どうしてくれるの!?」


 ――お前がいい出したんだろ、と誰も言えるはずがなかった。

 このパーティはニツキを除き、全員がパサパサの所有物と言っていい立場だ。パサパサは容姿に優れ有能であり、男を転がすことに長けている。 

 ある意味このパーティは、パサパサとニツキの二人がいて、初めて成り立っているパーティと言えた。


「クソ、クソ、クソ……大回復! ……あああ、痛い、痛い痛い痛い!!」


 そして、パサパサは一通り癇癪を起こした後、魔力が回復したのかもう一度回復魔法を行使した。結果は、まったく芳しくなかったが。

 ともあれ、ダガナンたちは追い詰められていた。このままでは回復もままならず、ダンジョン探索で成果はでていない。彼らは基本的に報酬を得たら一日のうちにその殆どを使い切る生活をしており、蓄えは少ない。

 後数日、この宿屋に泊まっていれば資金は底を付くだろう。それくらいのグレードの宿屋に彼らは泊まっているのだ。


 なにか、手を打たなければいけない状況だった。


 その時、ふと。


「――なぁ」


 ダガナンは、気づいてしまった。


 周囲の視線が集まる。ダガナンの喉がごくりとなった。口に出せば、きっと止まれなく鳴る。パサパサの性格上、提案すれば乗ってくるだろう。

 だからこそ、ためらってしまう提案だ。


 それくらいの判断はダガナンにもついた。

 だが、それでも止まれないくらいに、彼らは追い詰められていたし、止められるであろうストッパー――ニツキを彼らは自分から手放していた。



「ダンジョンに潜らないか?」



 一言、冒険者にとってはあまりにも当然すぎる発言。この状況でなければ、彼らは何をいっているのだとあきれていただろう。


 しかし、


「……方法があるんだ。ダンジョンに潜る方法が」

「どういう、ことよ」


 パサパサが、ダガナンの言葉に興味を持った。彼らにとって、ダンジョンにもぐれない焦燥感はダガナンの言葉に対する呆れを大きく上回った。

 その状態で、


「しかも、潜れるダンジョンはどこでもいい。今の俺達のランクだと潜れないダンジョンでも、地上から繋がっていれば潜ることはできる」

「それって……Aランクのダンジョンでも!?」


 地上からつながるダンジョン。――その中で一番ランクが高いダンジョンはAランクのダンジョンだ。だから、当然パサパサはそう理解するし、

 何より、ダガナンもそのつもりで発言していた。


「Aランクのダンジョンなら、今の俺達が手にしたら一ヶ月は遊べるレベルのアイテムが見つかるだろうよ」


 故に、そう告げた。

 彼らにしてみれば、起死回生の一手。ハイリスクハイリターン。成功すればこの状況を一気に改善できる――はず――の方法。

 取らないという選択肢は、残念ながら存在しなかった。



 もちろん、その成功率は0%、失敗はすでに定められているのだが――彼らは、それから目をそらし、自身の破滅へ向かって邁進しはじめた。



 ▲



「はい、これでギルド設立に関する書類の準備は以上です。後は正式にギルド設立を協会で宣言して、二人以上の人員でパーティを構成できれば、晴れてニツキくんのギルドはスタートですよ」

「ありがとうございます、クラウさん」


 ――夜。

 なにかにつけて酒盛りをしている冒険者たちも、すでに協会ではなく各自の懇意にしている飲み屋へ場所を移している時間。もうすぐ協会は閉鎖され、明日の朝まで眠りにつく。

 こんな時間まで書類の準備をしているつもりはなかったのだが、クラウさんが手伝ってくれたために、こうして一日で一気に書類の準備を終えることにしたのだ。


「この御礼は必ず、何でも言ってください、できることなら何だってしてみせます」

「な、なんでも!?」


 びっくりしたのか、クラウさんが飛び上がる。

 そのまま、しばらく慌てて、口からはわはわと声を漏らしたかと思えば――


「そそそ、それじゃあでぇ……っ!」

「な、なんです?」


 何かを口に出そうとして、そのままきゅう、っとなってしまった。

 完全に停止してしまっているクラウさん。コレは一体どういうことだろう。顔も真っ赤にして、熱でもあるんだろうか。

 と、考えているとクラウさんが復帰して――


「あ、え、えっと……か、考えておくね」

「はい、お待ちしてます」


 と、そこで話がそれる。


「そういえば、ダガナンパーティってレアスキル持ちの冒険者の集まりだったんですよね」

「ええ、そうですよ」


 レアスキル。

 生まれた時から特殊な技能を使える場合、それをレアスキルと呼ぶ。俺の場合は探査魔法。逆に、コレ以外の魔法がろくに使えないせいで、ダガナンたちからはやくたたず呼ばわりされていたが、それでもレアスキルはレアスキルだ。


「例えば戦士(ウォリアー)ズケロクは持っている武器にエンチャントができます。盗賊(シーフ)キツットは持っている装備の鑑定ができるし、ダガナンは……」


 その時だった。



「大変だ!! モンスターがダンジョンから溢れ出た!! 誰か助けに出れるやつはいないか!?」



 ――――その時。

 俺も、クラウさんも、驚愕どころか、信じられないモノを見る目で飛び込んできた男を見ていた。モンスターが、溢れ出る――なんだ? そう聞こえたが。


「どういうことですか!? ショウジさん!」


 思考が停止していた俺よりも早く、クラウさんが立ち上がる。

 彼女は一流の冒険者だ。判断が早い、俺なんかよりもずっと。入ってきた男の名前も把握している。彼女は優秀な職員なのだ。


 いや、


「ク、クラウちゃん……言葉の通りだ。ダンジョン入り口の封印が“破壊”されたんだ! おかげで中からモンスターが出てきてる。モンスターもそのことに気づいてるヤツは少ないみたいで、量はそこまでじゃないが……!」

「そんな……」


 ――あり得ないと、俺が考えるのは当たり前のことだった。この世界の常識として、ダンジョンは入り口が強固な魔法で“封印”されている。この封印はどんな方法でも破壊することが叶わず、これがあるから、冒険者は安心してダンジョンの前に街を築ける。

 破壊されるなんてことは前代未聞、いや、歴史上何度かそういったことは起きているが――それでも数百年に一度起きればいいような大事件。


 それが、今まさに今日この日、起きるなんて誰が予想しただろう。


「量はそこまでじゃないが……場所が問題なんだ! 破壊されたのはAランクエリア、出てくる魔物も当然……」

「Aランク魔物が、街に……!?」


 冒険者、ダンジョン、これらはすべてランクで評価される、一番したはE、一番上がS。Aは、上から一つ下のダンジョン。

 もし、外に解き放たれれば、街一つが有に破壊される存在である。

 この街が冒険者の街であることから、破壊されるとまでは行かないだろうが、それでも大きな被害は免れない。


「な、なんでそんなことに……」


 俺が、そこでようやく言葉を絞り出す。いや、こんな言葉絞り出すべきじゃなかった。今は一刻も早く動くべきなのに。

 とはいえ、気が動転しているのは俺も、ジョウジという冒険者も同じ。俺の質問に、ジョウジは困惑しながらも見解を口にした。


「は、破壊に計画性が見られない……らしい。もしもこれが魔族の仕業なら、破壊と同時に街に魔物が溢れかえっているはずで、だとすると、破壊は衝動的で、モンスターが外に出ることは、意図していないんじゃないか……って」

「…………」


 クラウさんの顔が険しくなる。

 魔族――かつて人類と敵対したという伝説上の存在。それが起こした惨劇だったら、モンスターが散発的に入り口から出てくるだけ、なんていう状態にはならないらしい。

 だとすれば、一体誰が? どうして? 何の目的で? そもそも、どうすれば厳重に封印されたダンジョンの入り口を破壊できる?


 そんなの、そういう特別なスキルでもなけれ、ば――――


「――――クラウ、さん」


 俺は、


「なにかな、ニツキくん」


 俺は、



「――俺が所属していたパーティのリーダー、ダガナンのスキルは……“破壊”と呼ばれるものでした」



 ――そのスキルを、知っていた。


「…………」

「破壊とは文字通りの意味で、あらゆるものを破壊できる――ダンジョンの壁すらも、と言えばその脅威度が分かりますか? 発動には凄まじい魔力と準備時間が必要なため、戦闘には使えないし、一度に破壊できる範囲も非常に限られているのですが」


 俺は、語る。


「ダンジョンの入り口――その扉くらいなら、吹き飛ばせる範囲です」


 大きく、大きく。重苦しい息を吐きながら。


「――ジョウジさん。すぐに各ギルドに連絡をお願いします。時間はかかるでしょうが、抑え込みは彼らに任せれば十分なはずです」

「は、はい。で、ですがそれまでの間、入り口で持ちこたえる戦力は――」

「私が――」


 立ち上がりながら、クラウさんは。


「私が出ます」


 そう、強くいい切った。


「この場にいるAランクの冒険者は私だけ、私が抑えるしかありません」


 そうだ、クラウさんは今は職員をしているが、元はAランクの冒険者。協会職員が性に合っているからとそちらに専念しているものの、時折ダンジョンに潜って、その実力を鈍らせないようにしているらしい。

 聞けば現場にいる冒険者は最大でもBランクで、Aランクがいない現状、半ばジリ貧に陥っているそうだ。


 ジョウジは感謝を告げながら協会の奥に走っていった。連絡手段が奥にあるのだ、当然だろう。そして俺とクラウさんだけが残される。


「……クラウさん」

「何かな、ニツキくん」


 準備を始めるクラウさん、俺の言葉に手を止めることなく、返事だけを返す。

 俺は、少しだけ息を吸って――


「――俺も、連れて行ってください」


 そう、告げた。


「ダメだよ」

「なんでですか」

「今のニツキくんはCランク。Aランクモンスターと戦ったら、無事じゃ済まない」


 当たり前の返答だ。基本的に、ランクが違っても勝負になるのは一つ上のランクだけ。つまり最低でもBランクの実力がなければ、足手まといにしかならないのだ。

 だが――


「……いいましたよね、推薦があれば、Bランクも視野に入るって」

「それは、あくまで今後の話だよ。今はまだ――」

「それに」


 間髪入れずにまくしたてる。

 ここで、立ち止まっちゃだめだ。


 クラウさんを、一人で行かせちゃダメだ。


「俺の探査魔法は、レアスキルなんです。有用な使い方が、できます」


 そう、俺のスキルが告げている。

 もしも一人で行かせたら、クラウさんはきっと、


 帰ってこない。


「……かつての仲間の不始末とか、そういう理由で付いてきたいんじゃ、ないんだね」

「そんなこと、考えるはずもないでしょう。アイツラはもともと仲間なんかじゃなかったんだ。でも――」


 そう、あいつらは関係ない。


「――そのことで、クラウさんに手間はかけられません」


 俺が助けたいのは、クラウさんなんだ。


「…………っ」


 一瞬、クラウさんの手が止まる。そして、


「仕方ない、な」


 大きく、ため息を付いた。


「絶対に、クラウさんから離れちゃダメですよ。それと、貴方の魔法でできることを移動中に教えて下さい。それを元に作戦を立てます」

「……は、はい!」


 立ち上がる。

 ――やった。認めてくれた。

 クラウさんが、俺のことを。


 そのことが、少しだけ嬉しい。だが、今はそれを顔に出してはいられない。すぐに移動を始めなくては――


 不始末、などということを考えているわけではないが、それでも。


 あいつらの仕出かしたことに、俺は無関心ではいられない。

 ソレはある意味、あいつらとの“ケリ”をつける意味でも、大事なことなのかもしれなかった。



 ▲



 ダンジョン入り口は地獄と化していた。

 あちこちで冒険者が倒れている。中には、ピクリとも動かないものもいる。生きているなら、治療すれば助かるだろうが、そうでないならば手遅れというしかない。

 そんな状況で、俺達は一体のモンスターが暴れる現場に出くわした。


 俺の背丈の三倍はある、巨大な鬼のモンスター……こいつは、


「……大探査(ハイセンス)! ……こいつは、ディスオーガ!」

「このダンジョンで最もポピュラーな魔物ですね。こいつにはわかりやすい弱点がありまして――」


 いいながら、クラウさんは手にした杖を掲げて、狙いを定める。ぽん、ぽん、ぽんと複数の火球がクラウさんの周囲に出現する。


業火球弾セイントシューティング!」


 直後、放たれた炎弾は、青色に変色した、鬼の角へと直撃する。派手に角が吹き飛んで、鬼は大きくのけぞった。


「――あの角は感覚器官になっているんです。それを的確に狙えれば、Aランク冒険者ならそう負けません」


 直後に生み出した火球がうずくまる鬼をまるごと吹き飛ばし、後には何も残らなかった。


「救援に参りました、Aランクのクラウです! 動けるものは倒れたものを運んでください、これよりここは私達が受け持ちます!」


 その叫びに、周囲の反応は俊敏だった。

 顔をほころばせながら、倒れ伏した仲間を担いで、その場を即座に離脱していく。Aランク冒険者、上澄み中の上澄みであり、隔絶した強さを有する存在。

 この場においては、救世主以外の何物でもないだろう。


「……探査に反応あり、次が来ます、クラウさん!」

「了解です、対象は!?」

「……ハウンドスパイダー!」


 直後、破壊された入り口から一匹の蜘蛛が現れる。糸を飛ばし、その糸によって高速で移動しながらこちらへ接近してきた。


「……魔術士の天敵! 捕まってください、動き回りますよ!」


 ハウンドスパイダー。

 クラウさんが天敵というのはそのとおり。アレは俊敏に動く上に、立体的な行動が可能。魔術士では攻撃が当てにくく、一方的に嬲られる。


「いえ、クラウさん。あいつの糸に、“氷魔法”をお願いします!」

「糸に!? ……あっ!」


 見れば、氷魔法をクラウさんが展開すると同時、ハウンドスパイダーの糸が青色に染まる。これは俺の探査魔法の効果だ。簡単に言えば、ここがウィークポイントであると周囲に示しているのである。


「……業氷結弾セイントダイヤモンドダスト!」


 直後、ハウンドスパイダーの吐き出す糸が凍りつき、砕けた。当然だ、凍ってしまえば糸に伸縮性も耐久性も存在しない。


「あの糸には、多量の水分が含まれているんです。スパイダー系は一般的に氷耐性を有しますが、ハウンドスパイダーの糸に限っては、その例外になるみたいです!」

「……そ、そんなことまで分かるんだ。探査魔法……飛んでもないレアスキルですね。下手すると……破壊以上に」


 そのまま、クラウさんは動きの鈍ったハウンドスパイダーをサクっと始末してみせた。

 探査魔法で、弱点になる部分が視えているために、消費も最低限で済む。


「……探知魔法が、一部の冒険者の間で“人権”と呼ばれることがありますが」


 クラウさんは、息を吐き出しながら杖を構え直して。


「……ニツキさんのそれは、人権どころじゃあ、ないですよ」


 次の敵を待ち受けた。


 ――探査魔法。

 俺が使える、唯一と言っていい魔法にして、レアスキル。

 通常、探知魔法で出来ることはダンジョンの地図を探ること、周囲の宝箱、エネミーを発見すること、この三つだ。

 俺の探査魔法はこれに加えて、全域の宝箱、エネミーの情報を得ることが出来る。


 そして、直接相対すれば、その弱点や特性を把握することもできる。弱点は先程やってみせたように、パーティメンバーなら共有が可能だ。

 他にも……


「……クラウさんの魔力が減ってますね、今補給します」

「…………わ、分かりました」


 他人の魔力や体力なども、当然把握可能だ。

 加えてその応用として、探査魔法越しに回復薬を使うことが出来る。これがかなり探査魔法においては重要で、実質的に回復薬があれば、ヒーラーの代わりが務まるのだ。


 金銭の消費が激しかったため、ダガナンたちには使うなと言われていたが、俺だって死にたくないので個人的に集めた資金で回復薬を買い込み、使っていたりもした。

 最初のウチは消費も激しかったが、今ではかなりの効率で回復ができる。それもこれも――


「――ニツキくん、次が来ます!」

「……はい!」


 考えている暇はない、今はとにかく出てくるモンスターを倒し、時間をかせぐのだ。一体でも残った状態で、次が来ては俺達じゃ持ちこたえられない。常に一体ずつ、即座に倒し増援を発生させないことが必要になる。

 俺は即座に探査魔法を起動させて、続けて出現するモンスターの名をクラウさんに伝えた。


 それからは、しばらく一進一退の攻防が続く。

 探査魔法の支援を得たクラウさんは凄まじく、あっという間にモンスターを殲滅することで二体以上と同時に戦うことを許さない。モンスターの出現も散発的な事もあって、俺達の戦況はだいぶ安定していると言えた。


 余裕が出たことで、俺は探査魔法の範囲を広げる。見れば、数人がこちらに向かってきてる反応があった。きっとAランクの冒険者だろう、到着まではおよそ十分。

 もうすぐだ、なんとか持ちこたえることができるかもしれない。


「ニツキくん、次!」

「はい、次は――」


 そして、改めて探査。現れるモンスターを調べて、そして――


「な――」


 絶句した。


「ニツキくん!?」

「……反応が四つ。人型の……モンスターじゃない反応です」

「――――え?」

「この反応は……」


 直後、それは姿を表した。


「……リターンデッド……呪鬼です」



 ――そいつらは、俺のよく知っている姿をしていた。



「間違いありません……ダガナンパーティです!」



 ダガナン、パサパサ。戦士と、盗賊。

 皮膚はただれ、見るも無残な姿になった、かつての仲間たちがそこにいた。


「リターン……デッド、どうして」


 リターンデッド。呪鬼とも呼ばれるそれは、人でもモンスターでもない。人が呪われ、鬼に堕ちることで発生する存在だ。

 一般的に、通常の方法で人がリターンデッドになることはない。


「……先日、俺達は新しいエリアの探索に乗り出す予定でした。そしてそこには、人を呪うリターングールが出現します」

「そ、それは……でも、だったら治療院で治療すれば――」


 というよりも、普通リターンデッドになることはあり得ないのだ。だって、呪いの解呪は非常に簡単だから。治療院で申請すればすぐに解呪できるし、何なら治療官が解呪魔法を覚えてもいい。

 だが、彼らにはそれができない。


「……パサパサは解呪魔法が使えません。それに彼らは……一度も申請を出して治療院を使ったことがないんです。俺が全部、一人で申請してましたから」


 ある意味これは、必然でもあっただろう。誰が呪われたのか知らないが、一度リターンデッドになった存在は、周囲を呪う力を得る。対処手段のないダガナンパーティは、それで全滅。こうして物言わぬ怪物へと成り果てた――というわけか。

 だが、問題はこいつらではない。


 こいつらが呪った、モンスター達だ。


 呪鬼と呼ばれるモンスターには特性がある。通常の方法では倒せないという特性。非常に高い再生能力故に、どれだけ攻撃しても即座に再生してしまうのだ。

 故にダンジョンで出会った場合、治療官がいなければ呪鬼はスルーされるのが通例。治療官にしか呪鬼の浄化はできない。


 此処から先のモンスターは、おそらく彼らに酔って呪われ、呪鬼となっている。リターンデッドには、あらゆる存在を呪う力がある。下手をすると、対峙している俺達すら呪鬼になってしまうかもしれないくらいに。

 それくらい、危険な相手だ。少なくとも、近寄られて群がられたら逃げ場はない。


「――ニツキくん」

「なん、ですか」

「――――すぐに、逃げて」


 クラウさんは、悲壮感を漂わせた声音で、そう言った。


 再生能力の高いモンスターが絶えず出現する。リターンデッドに近付かれたら自分も呪われてリターンデッドになってしまう。

 そんな状況で、Aランク冒険者が一人でできることは――ない。


「クラウさんが足止めをすれば、他の人たちがここにたどり着く。そうすれば、抑え込みはなんてことないよ。問題は今ここに、Aランク冒険者が私一人しかいない、ってことなんだから」


 だが、問題はそれだけだった。

 確かに一人では対処できないが、複数人でかかれば問題はない。治療官が一人入れば浄化でまとめて処理できるようになるということでもあり、むしろ呪鬼になったことで対処は簡単になったとも言える。

 ただ、そのためには複数人が現場にたどり着く時間をかせぐ必要があり、そしてそのためには、絶対に冒険者を一人犠牲にしなければならないのだ。


 そもそも、今回の事件はことの重大さに反して、対処はそこまで難しくない。モンスターが大挙してダンジョンから溢れ出しているわけでもなく、対処に動ける冒険者が複数いるために、大きな被害は出ないだろう。

 だが、だとしても、あらゆる状況が告げている。



 どうしても、クラウさんだけは犠牲にならなければならない。



「――クラウさんね? 貴方に出会えてよかったと思ってるよ」


 ちらり、とクラウさんは視線をこちらに向ける。――その顔は、笑っていた。恐怖を押し隠すように。死を恐れるように。


「あんなパーティの一員なのに、すごくしっかりしてて、何より私のことを大人扱いしてくれて」

「…………」

「――初めてだったの、クラウさんのこと、クラウさんって呼んでくれるの」

「クラウ、さん……」


 ――それは、彼女がそう望んだからだ。そうしてほしいと言ったからだ。その時の、朗らかな笑顔に惹かれたから、だ。

 こんな、こんな顔をして、俺を諭すように笑う、そんな彼女をみたかった、わけじゃない。


 ――リターンデッドと呪鬼モンスターを足止めできるのは、クラウさんだけだ。そして、足止めすれば間違いなくクラウさんは助からない。冒険者がここにたどり着く時間は稼げるだろうが、クラウさんが生き残ることはできないだろう。


 ――そんなの。


「――――そんなの、認められるわけないじゃないですか」


 あり得ない。

 クラウさんが犠牲になる? こんなやつらのために? 俺を追い出して、そのせいで多くの人に迷惑をかけ、ある意味で歴史に残るレベルの大事件を引き起こすような連中に。

 絶対に、それだけはあってはならないことだ。


 だから俺は、クラウさんをかばうように前に出る。


「ダ、ダメだよ! 逃げてニツキくん! 君が犠牲になることだけはダメ!」


 ――相対する。

 俺を追い出したダガナンパーティは、腐れ落ちていた。内面が、何よりも。優秀なパーティだったことは間違いない。天才集団。多くの功績を思うがままに手にしてきた。

 そのことで、俺が得てきた恩恵もある。

 だからこそ俺もこのパーティから脱退することを、Cランクまでは我慢しようとしていたわけだし、追い出されたときはその梯子の外しっぷりに激怒したものだ。


 だが、それでも。

 こうなってしまえば侮蔑しかない。内面どころか、外面すらも内と同じように腐れ落ち、躯となってしまった今のこいつらに、同情の余地など欠片もない。


「――だけどな、おかげで俺は、逃げなくて済むんだ」


 しかし、意味はあった。

 こいつらの人生は、横暴と破滅と堕落に満ちていたが、それによって生まれた意味もあった。こうすることで、俺が意味を作るのだ。


 ――俺の目の前に、青色のモニターが出現する。

 探査魔法。その正式名称は、こう呼ばれている。



「――探求(ステータス)



 直後、モニターには、目の前の人間だったゾンビの能力が表示される。その体力、魔力、状態等々が詳細に記載され、俺はこれに対して、ある干渉を起こすことが出来るのだ。


「クラウさん。俺、感謝してるんです」

「な、何を――」

「俺は、自分のギルドを作りたかった。それは、俺が冒険者として、何ができるかを探求したかったからです。そのために、自分でできることは、全て自分でやりたかった」


 この街にやってきたことも。冒険者になろうと思ったことも、全ては俺に、探求の力が備わっていたからだ。


「そして――このダンジョンが、どうして生まれたのか、その理由を知りたかったんです」

「……それ、は」

「子供っぽい理由ですけどね、そのためには仲間が――俺が信頼できると思える仲間が必要だった」


 ダンジョンの出現した意味が知りたい。もしそれをダガナン達に伝えれば、大笑いされて侮蔑させるところだろう。それくらいに子供じみた――言ってしまえば“英雄に成りたい”とでもいうような願い。

 それでも、俺は本気でそれを叶えたかった。

 だって俺には、それを叶えられるかもしれない力が宿ってしまったのだから。


 ――レアスキルなんて、いいものじゃない。生き方をそれに縛られてしまうから。ダガナンたちのように傲慢にそまるか、俺のように求道に染まるか。

 どちらにせよ、碌なものではないだろう。


「俺は、こいつらと同じです。自分の我儘だけで動いている。その先は、こいつらが示してるんです。でも、止められない」


 ダガナンたちが、こちらに近づいてくる。

 逃げなければ、取りつかれ、呪われるだろう。だが、ソレよりも先に、



「――俺はまだ、何も為していないんだから」



 俺はダガナンたちに、――回復薬を注ぎ込んだ。


 直後、ダガナン達が音を立てて蒸発していく。


「え……浄化されてる!?」


 驚くクラウさん。ムリもない、理解できない光景が広がっているんだから。


「治療官の回復魔法と同じですよ。呪鬼にこれをぶつけると、やつらは浄化される。回復薬で同じことをしてるんです」

「そ、そんな……無茶だよ!? 回復薬じゃ、せいぜい呪鬼には足止め程度の効果しか――」

「――パサパサのレアスキルは、回復魔法の習熟度効率化でした」


 種を明かすと、これはパサパサのレアスキルによる恩恵だ。彼女は他人よりも回復魔法の習得が早い。故に天才と呼ばれ、そしてその理由が彼女のレアスキルだった。

 これはパーティ全体に効果があり、魔法によって回復薬を他人に注ぐ俺の探査魔法も、回復魔法の一種として扱われたのだ。


「さて、クラウさん」

「な、なんでしょう……」

「これから出てくる魔物は、そのほとんどが呪鬼のはずです。ここからは――もう戦闘にすらならないでしょうね」


 そうして俺は、少しだけ自慢気に、クラウさんへ笑みを向ける。

 ――彼女は、どこか放心した様子で、その場にへたり込んでしまった。死の恐怖。そして自分がしくじれば大きな被害を出すという緊張から開放されて、

 人心地、ついたということだろう。


 俺も、クラウさんを助けることができて、一安心だ。


 ――その時。



「――――あ”」



 声が、した。

 それが、ダガナンのものであると、俺はすぐに理解できた。即座にステータスへと手を向ける。なにかあれば、回復薬で浄化できるように。


 だが、ダガナンは何も行動しなかった。腐れ落ち、浄化され、消えていく中で、ただ俺を見ていた。そして、


「――俺、は」


 ぽつりと、口にするのだ。



「何が、したかった、んだ――――――――」



 そうして、ダガナンは崩れ落ちた。他の仲間達も、跡形もなくその場でチリとなる。後には、人がいた痕跡は何も残らない。

 呪鬼となったモンスターたちも、すぐに現れるわけではないのだろう。


 その場には、ただ静けさだけが響いていた――――



 ▲



 結局。

 その後到着した冒険者たちによってモンスターは追い払われ、入り口もとりあえず封鎖がされ、後に正式な封印が改めて施されることとなった。

 この封印、国家予算並の金が飛ぶらしく、ダガナンの実家は貴族だそうだが、どうやら一つの貴族が歴史から姿を消すことになりそうだ。


 俺はといえば、特にお咎めのようなものはなし。こいつらがこうなった直接の発端は俺がいなくなったためなのだが、それを指摘するには余りにもその後の行動が予想外過ぎて、流石に俺を責めるやつはいなかった。

 まぁ、もし実質的に事件を解決した、という実績がなければ、誰かしらいい出していたかも知れないが、責任は取った以上何も言われる謂れはないのである。


 むしろ、事件を解決した功績として、Bランクへの昇格が認められた。実はこれ、歴代でも最速のBランク昇格であり、同時にギルドに所属していない冒険者としては初めてのことらしく、むしろ盛大に祝われて、英雄扱いされることになった。

 そうした方がいいのだろう、というお上の都合はひしひしと感じたが、まぁ悪い気はしないので、スルーすることにした。


 そんなこんなで数日、慌ただしく動き回っていたわけだが、ようやく落ち着いた俺は、本来の目的を果たすことができるようになった。

 なにかといえば、言うまでもなくギルドの設立である。といっても、ギルドはパーティの一種なので、最低でも一人のメンバーが必要なのだが。


 ある、打診があった。


「というわけで、ここが現在のニツキさんのギルド――『ニニギ』の事務所となります。狭いところではありますが、しばらくは活動に困らないと思いますよ」

「ありがとうございます、クラウさん」


 じゃーん、と両手を広げながらクラウさんが笑顔で俺に事務所を紹介してくれていた。

 ここは冒険者協会の一室で、基本的にギルドは協会の中に事務所を持つらしい。ギルドとしての規模が大きくなれば別の場所へ移動することもあるが、しばらくの間はここでお世話になることだろう。


 具体的には、ギルドハウスと呼ばれるギルド単位で所有できる家を手に入れるまで。


「いやぁ、それにしても色々ありましたが、ようやくここまで漕ぎ着けられましたね」

「色々、がちょっと想定外過ぎましたけどね」


 まさかいきなり英雄として祭り上げられることになるとは思わなかったのだ。

 その式典などで、だいぶ時間を費やしてしまったが、おかげか裏で俺のギルドの事務所が手配されていた。この辺りは素直に協会へ感謝だ。協会なりのお礼だったかもしれない。

 ともあれ、こうしてようやく俺のギルドは発足となるわけだが――


「なにはともあれ……人を集めないと、ですね」

「やたら知名度上がっちゃったからなぁ、集めるっていうより、選ぶ立場ですよ、これは」


 ――最初の問題は、メンバー集めだ。イチからギルドを立ち上げる場合、どうしても人が集まらない問題があるのだが、それが何故か解決し、人が集まりすぎる問題が発生することになった。

 現状、俺がギルドを立ち上げたことは、おそらくこの街の人間なら誰でも知っているだろう。そこから加入者を選ぶとして、一体どれだけ信用できるか。


「まぁ、ゆっくりやっていきましょうよ、ニツキくん」

「そうですね。とりあえず一人も集まらない、なんてことはないんですから」


 そう、どちらにせよギルド事態の成立はすでに決まっている。事務所を与えられたのも、きちんと最低人員である二人という条件を満たしているからだ。

 つまるところ――


「それじゃあ、クラウさん」

「はい、ニツキくん」


 俺達は向かい合い。



「これから、よろしくおねがいします」



 二人同時に、そう言って笑みを向けた。


 こうして、俺とクラウさんのギルド『ニニギ』は船出した。先は何もわからない。目的すらもおぼろげで、どうすればいいかなんてサッパリだ。

 それでも、わかっている事がある。


 それは――


 アイツラが使い道がないと捨てた俺の魔法――探査魔法は、これからもずっと、必須の魔法であるということだ。

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